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ハンガリー国立オペラ『影のない女』 (ウィーン&ブダペスト音楽三昧 その3) [海外音楽旅行]

ブダペスト三夜の音楽体験の中日は、ハンガリー国立歌劇場でのR.シュトラウスの大作『影のない女』でした。

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このオペラは、シュトラウスの最大傑作との評もあるほどですが、なかなか実際に観る機会がありません。6年ほど前、初台・新国立劇場で18年振りの日本公演ということで勇んで観に行ったおぼえがあります。

スタミナと歌唱力を兼ね備えた主役級の歌手を5人もそろえる必要があるうえに、その内容は一見メルヘン風でありながら難解であり重苦しい。18年振りの日本公演に執念を燃やしながらも自ら指揮することがかなわなかった故・若杉弘氏が、このオペラが一番好きだと公言していて、その理由を聞かれて「話しがわからないから」と答えたそうだ。

内容がいささか複雑で難解となったのは、博覧強記のホフマンシュタールが、古典文学や、ドイツだけでなくインドや中国の民俗伝承、神話まで様々な文学的意匠をてんこ盛りにしたため。劇として破綻するほどに多弁で饒舌な台本に対して復讐するかのようにシュトラウスの音楽は重厚華麗だ。特に大編成のオーケストレーションは、室内楽のような精緻さの一方でそのフォルテッシモの音響の豪壮さはワーグナー楽劇をも上回るほど。これほど豪華なオペラはなかなか他にない。

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この日の午前中はブダペストの市内見学。第一日目ということで19世紀末に繁栄を極めたペスト地区を主に見学しました。国会議事堂の壮麗さに驚嘆し、リスト音楽院大ホールの素晴らしさに息を呑み、あらためてブダペストの世紀末都市文化の厚みに認識を改めました。

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リスト音楽院大ホールでのハンガリー国立フィルのコンサートを聴き逃したことをつくづく後悔しました。何しろホテルのはす向かいで徒歩5分もかからないのですから、到着当日であっても遅刻することはなかったのです。

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世界遺産の街並観光。その総仕上げといってもよいのがネオルネサンス様式の絢爛豪華なこの歌劇場でした。

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皇帝フランツ・ヨーゼフの意向もあってモダンで簡素となったウィーンの国立歌劇場よりも建築美ということでははるかに上回るもの。皇后エリーザベトは、むしろ、ここでのオペラ観劇のほうを好んだそうで、いまも「シシィ・ボックス」と称するボックス席が残されています。

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なお、皇后エリーザベト(愛称シシィ)は、自由で進取の気風に富むハンガリーを愛し、一方でハンガリー国民もエリーザベトを敬愛し、いまなおこの皇后の人気は絶大とのこと。

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私たちの席は、1階席7列目中央という絶好の席。ドイツ圏の座席番号は、ストール(オーケストラ)だの右だの左だのとややこしい。番号だけ見ると同じ番号があるので間違いやすい。特に左右の境界となるど真ん中は同じ番号が並んでて奇妙。観光客が多いここもウィーンも席を間違ったり迷ったりする人が続出。不合理で非効率と思うけれどもこれも伝統なのでしょうか。最良の席を得たせいもあったのかもしれませんが、その音響も素晴らしくこの点でもウィーンの歌劇場に優るものを感じました。

歌唱陣は、ハンガリー地元出身者が中心でしたが、その声量、声質、スタミナともに第一級でとても充実していて驚きました。

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『影のない女』とは子供を持てずにいる女のこと。『影』とは「生まれ出ずる子供」という暗喩が劇中でも示される。母性愛、生きがい、あるいは女としてのアイデンティティと夫婦や家という束縛との矛盾、葛藤そのものだ。21世紀にも通ずる重いテーマであり、歌手にとってもずっしりと重い負担となる歌唱がえんえんと続く。

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衣装こそリムスキー・コルサコフ好みのエキゾチックなものでしたが、舞台は簡素。大きな重機用のタイヤを転がしたりステージ上面に大きなモニター画面を映すなど演出もモダンですがいたずらに難解な表徴に走らずシンプルなもので好感が持てました。

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何よりも感服したのは、ピット内のオーケストラ。美しい歌劇場の瀟洒な空間に横溢する精緻なアンサンブルから壮絶で分厚い金管群の咆哮。ハンガリー国立オペラおそるべし!

この音は、前日に聴いたブダペスト祝祭管弦楽団にも通ずるものがあります。明らかにウィーンのものとは違うのです。ミュンヘンやベルリン、ドレスデンとも違う。

クリアーにテクスチュアが彫り起こされていて、各パートの複雑な絡みが整然と描き分けられ、響きもスリムで余分な贅肉がついていません。それでいてブリリアントで厚みのあるフォルテッシモが壮麗に伸びていく。そこではたと思い当たったのが、アメリカのオーケストラ。

そこから思い浮かぶのは、ライナー、セル、オーマンディ、ドラティ、ショルティといったハンガリー出身指揮者の系譜です。まさに彼らの芸風を特徴づけているものが、いま、目の前で鳴っているのです。このことは翌日再びイヴァン・フィッシャー/ブダペスト祝祭管を聴いてさらに確信することとなったのです。

ウィーンに行くならついでに…という程度に考えていたブダペスト観光とそこでの音楽三昧は、望外に充実して幸せな四日間でした。


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ハンガリー国立歌劇場 R.シュトラウス:歌劇『影のない女』
2016年5月5日(木) 18:00
ブダペスト ハンガリー国立歌劇場

指揮:Peter Halasz
皇帝:Istvan Kovacshazi
皇后:Eszter Sumegi
乳母:Ildiko Komlosi
霊界の使者:Zsolt Haja
神殿の門衛:Ingrid Kertesi
青年の幻影:Peter Balczo
鷹の声:Erika Markovics
天上の声:Atala Schock
染物師バラク:Heiko Trinsinger
バラクの妻:Szilvia Ralik
片目(バラクの兄弟):Lajos Geiger
片腕(バラクの兄弟):Ferenc Cserhalmi
せむし(バラクの兄弟):Istvan Horvath

演出:Janos Szikora
舞台装置:Balazs Horesnyi
衣装:Kati Zoob
脚色:Janos Matuz
児童合唱チーフ:Gyongyver Gupcso
合唱指揮:Kalman Strausz
ハンガリー国立歌劇場管弦楽団(ブダペスト・フィルハーモニー管弦楽団)
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