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パリ・ロンドン・ミラノ「オルフェオとエウリディーチェ」 (ミラノ・スカラ座をしゃぶり尽くす その5) [海外音楽旅行]

さて、ミラノ・スカラ座をしゃぶり尽くす旅の第3夜。ヴァイオリンの街クレモナに遊び思わぬローカル料理との出会いがあったその夜、スカラ座はまた別の立ち位置を見せてくれました。

それは、ファッションの街、デザインの街、そういう国際都市ミラノの華やかな顔立ち。

実は、私たちの滞在した週は、ミラノ・ファッションウィークそのもの。いわゆるミラノ・コレクションの真っ最中。寒波に襲われていたことと私のファッション音痴のせいでそれほどには感じていませんでしたが、妻に言われてみると確かに街を歩く人々には地元感からはるかに浮上した色香が漂っていました。

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それは、この夜のスカラ座で炸裂。

「オルフェオとエウリディーチェ」の新プロダクションが初日(プレミエ)を迎えた日だったせいか、この日の入口を入ったホワイエや上階のトスカニーニ・ホワイエには前2夜から一段とファッション・センスにあふれた男女でにぎやか。プレミエというのは、なかなか日本人にはその特別さの実感がありませんが、オペラ文化の国、そのオペラの殿堂でのその特別な夜の華やかさにちょっと圧倒される思いもあります。おそらくファッションウィークからの流れもあったのではないでしょうか。

「オルフェオとエウリディーチェ」は、とても特異なオペラです。

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作曲者のグルックはオーストリア人。現在のドイツのバイエルン州に生まれ父親はボヘミア貴族に仕える林務官でプラハに育ちます。宮廷楽長の地位を得てウィーンで活躍し、そこで作曲された「オルフェオとエウリディーチェ」はイタリア語で歌われました。グルックは、従来のスター歌手中心のオペラを、作品そのものへと重心を移し、より劇的で流麗な運びの様式へと変革していきます。いわゆるオペラ改革。それは当時の議論を二分します。そのグルックは皇女マリー・アントワネットに付き従ってパリに移動。「オルフェオ」はそこでフランス語に改編され大幅に改訂され、グルックのオペラ改革は後のベルリオーズに大きな影響を与え、ワーグナーの楽劇へとつながっていったのです。

スカラ座では、このパリ版が使われていて、歌詞もセリフもフランス語。

各席の目の前の前席背もたれに字幕ディスプレイがあって、イタリア語と英語が選択できるようになっています。「シモン・ボッカネグラ」でも英語字幕が大いに助けになって、スカラ座の設備の新しさは私たち夫婦を驚喜させました。

そしてこのプロダクションは、ロンドン・王立歌劇場(コベントガーデン)との提携によるもので、数年前にエリオット・ガードナーの指揮と手兵イングリッシュ・バロック・ソロイスツにより上演されたプロダクションをそっくりそのまま持ってきたもの。それはいわゆる古楽スタイルの演劇のリニューアルを超えた最新のファッションセンスにあふれている素晴らしく活き活きしたグルック。

ステージは、とても立体的。

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オーケストラはピット内ではなくステージ奥に配置。このオーケストラ全体がセリで上下し、歌手のステージの一部にも使われます。ストーリーはいたってシンプルで、日本神話のイザナミ、イザナギのように亡き妻を黄泉の国まで呼び戻しに行くお話し。地下洞内の黄泉の迷宮と天上の愛の神アモーレ、地上の精霊たちの踊りと、3次元的に展開していきます。こうした舞台装置の装備はおそらく2002年から04年にかけての大改修のたまものなのでしょう。座席の字幕ディスプレイもたぶんその恩恵のひとつ。30年前に訪れた時のいささか時代遅れのホコリ臭さは一掃されていて、それでもオペラの殿堂の輝きが一層増している。

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指揮はミケーレ・マリオッティ。オーケストラはもちろんスカラ座管弦楽団ですが、完璧なピリオド奏法で、その華麗な変身ぶりには驚かされました。ステージ上のオーケストラは、小編成ですがとても明るく開放的な響き。パリ版で追加されたあの有名な「精霊の踊り」ではソロのフルーティストがさっそうと立ち上がり、オーケストラにもオーディオ・ヴィジュアル的な精彩の光がはっきりとあてられています。オーケストラがせり上がって頭上にあるシーンでは、響きがややくぐもってしまうのは致し方ないところですが、その部分は歌手たちにスポットがあたっているということなのです。

素晴らしいのはバレエとその振り付け。

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バレエもパリ版で大幅に拡充されました。そういうバレエ曲の充実はニンフたちが天国の野原で踊る「精霊の踊り」に象徴されますが、それだけではなくこのオペラのそこかしこにストーリーの流れと起伏を与えています。イギリス(ブライトン)を根拠地とする新進の振付家ホフェッシュ・シェクターと彼が率いるバレエカンパニー。このプロダクション全体にみなぎるモダンセンスをリードしています。その肉体表現は身体全体の可動領域を最大限に駆使して感情を目一杯に発信するような激しくも情感にあふれるダンス。古楽の復活という学究的な味は皆無で、オーケストラのピリオド奏法そのものがとてもコンテンポラリーなサウンドとした斬新な響きとなって、そういうモダンバレエに同調してくるのは不思議な感覚。

歌手はたったの3人。

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アモーレ役のファトマ・サイードはエジプト生まれ。

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そのちょっとエキゾチックな風貌と金ピカの衣装で、舞台の上下左右と縦横無尽、最も活動的に活躍します。透き通った純な歌声が妙にサディスティックで愛の神というよりも小悪魔的な愛嬌を振りまきます。

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一方、エウリディーチェ役のクリスティアーネ・カルクは可憐だけれどどこか存在に透明感があるお嬢様役を見事に演じ切っています。フランクフルトで《アラベラ》のズデンカ役や《ペレアスとメリザンド》のメリザンドで大当たりをとったというのも頷けます。エウリディーチェ役はザルツブルクでムーティの下で歌っていて掌中の役柄なのでしょう。

けれども何と言ってもこのプロダクションの核心にいるのは、オルフェオ役のフローレス。

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テノールのコロラトゥーラ…といってもピンと来ないかもしれませんが、もともとウィーン版でのオルフェオはカストラート(去勢された男性歌手)にあてられていました。パリではカストラートは嫌われていたことからパリ版ではオート・コントルに変更されました。ファン・ディエゴ・フローレスは、ペルー出身の異色のテノールですが、今や世界で最も聴きたい現代最高のテノールと言ってもよいでしょう。その魅力は何と言ってもそのアジリタ/コロラトゥーラ。そのイケメンぶりと超高域で聴く者の脳髄の芯まで痺れさせてしまいます。私たちの日程は、実はこのフローレスをターゲットに組まれていたのです。

客席はやんやの大喝采。

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「シモン・ボッカネグラ」でもマーラーでも熱い喝采はありましたが、ミラノの聴衆は立たないのかと思っていました。何でもすぐに総立ちの喝采となるアムステルダムの野暮ったい聴衆に較べてさすがミラノは…と、思っていましたがどうしてどうして、このフランス語のオペラにはスタンディングオベーション。

オーケストラを自在に上下させ、舞台天井まで目一杯に展開する舞台デザインを可能にしている舞台装置の装備はおそらく2002年から04年にかけての大改修のたまものなのでしょう。座席の字幕ディスプレイもたぶんその恩恵のひとつ。30年前に訪れた時のいささか時代遅れのホコリ臭さは一掃されていて、それでもオペラの殿堂の輝きが一層増している。

パリ、ロンドン、ミラノとたどる道筋は、そこに新大陸のニューヨークを加えれば、いわゆる世界四大ファッションウィークそのもの。あらためてミラノとスカラ座の新しい発見をした大興奮の夜となりました。



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クリストフ・ヴィリバルト・グルック作曲「オルフェオとエウリディーチェ」
2018年2月24日 20:00
イタリア・ミラノ市 スカラ座
(1階右土間席 A列8番)

ミラノ・スカラ座管弦楽団・合唱団
ホフェッシュ・シェクター・カンパニー(バレエ)
指揮:ミケーレ・マリオッティ

オルフェオ: フアン・ディエゴ・フローレス
エウリディーチェ: クリスティアーネ・カルク
アモーレ: ファティマ・サイード


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