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エリーザベト・レオンスカヤ~シューベルト・チクルス Ⅳ [コンサート]

レオンスカヤのシューベルト・チクルスも4日目を迎え、いよいよ折り返し点を越えるところまで来ました。

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初めの3つのソナタは、いずれもシューベルト二十歳前後の作曲とされ、若いシューベルトがピアノ・ソナタの模索を続け、行ったり来たりを繰り返していた頃の作品。そういう未完のソナタや、ソナタを逸脱した多楽章のものなど、さながら青春のモニュメントのようです。

あるいはSF映画などで未完成のままで軌道上を周回する宇宙ステーションに例えてもよいのかもしれません。様々なモジュールを組み上げていく工法なので、未完のままでも活動を開始することができて、全体としてはいびつな形や欠損を抱えているのですが、クローズアップすると極めて詳細で細密な個性がくっきりと目に映ってくるのです。

最初の第5番は、モーツァルトのような愛らしいソナタ。3楽章構成ですが終楽章が何らかの理由で欠損していると見られているそうです。アンダンテ楽章でも、シューベルトらしい歌謡ではなくウィーン古典派の様式美に沿った舞踏的な音楽。最後のロンドもモーツァルト的な明朗な躍動感あふれる疾走。この楽章が主調でないことが《未完》の根拠なのだそうですが、こうして聴き終わると不思議な終結感覚があってさほど違和感はありません。

二番目の第3番は、5楽章もあって、これもいささかソナタの構成から逸脱しています。けれども5つの楽章それぞれに独立したシューベルトの音楽的個性が際立っていてとても美しく感情が揺り動かされます。死後、出版された当初は「5つのピアノ曲」となっていたとか、前半2楽章をD459、後半3楽章をD459aとしてあえて区別し、別の曲群を接合したとの説もあるそうです。現にレオンスカヤは、第3回のチクルスのアンコールで、この第3楽章アダージョを弾いていて、曲名の掲示は「5つのピアノ曲 D459a より 第3番」としていました。そのアダージョは、このソナタの白眉で、満点の星空のもとでひとり瞑想にふける哀愁と宇宙的孤独感が漂い、胸にぐっと迫るものがありました。

休憩をはさんでの三番目のソナタは第6番。このソナタもやはり未完で、3つの楽章が遺されていますが、最後のスケルツォは省略されることが多く、この日のレオンスカヤもそうしていました。一方で、マルティーノ・ティリモの全曲盤では、逆に、D506のロンドを付け加えて4楽章の完成形として演奏しています。この曲は、最初の第5番に次いで書かれたものだそうですが、こちらはまるで吹っ切れたかのようにシューベルトらしさがあふれています。

こうやって聴いていくと、シューベルトはピアノ・ソナタという枠組みと、自分の書きたいままに自由になりたいとの気持ちの間で揺れ動いていたのではないでしょうか。あるいは、ピアノ・ソナタという既製権威にとらわれたマーケッティングの失敗ということでしょうか。ある種の緩い構成での曲集という形にしていればよかったのに…。現に、「幻想曲」とか「4つの即興曲」などは早くにシューマンらに認められシューベルトの代表作となりました。レオンスカヤは、そういうふうに統合をあえて緩めて、ひとつひとつの断章を情感豊かに弾き分けていて、とても聴いているうちに素直で自由な気持ちにさせてくれるのです。

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最後は、いよいよ最晩年の3つの傑作ソナタの始まりです。その最初のD958は、シューベルトが敬愛してやまなかったベートーヴェンへの思いがひときわ強くこめられたソナタだと言われています。いわばシューベルトのベートーヴェンへのオマージュ。ハ短調ということにもそれが現れているのでしょう。

レオンスカヤは、そういうシューベルトのベートーヴェンへの強い恋慕や敬愛とそれがもたらす“擬態”を見事に具現化していました。

最初にはっとしたのは、そのテンポが速めだと感じたこと。正確にはわかりませんが、ずいぶんと速い。そしてそのことで、緩急や強弱での切り換えがとてもスムーズ。始まりがベートーヴェンであっても、すぐにシューベルトの地が出てしまう…そういう演奏が多いなかでレオンスカヤは一貫してシューベルトがベートーヴェンを模した擬態を見事に保っています。それは、それまでに弾かれた3つの“不揃いな”ソナタとは対極をなすもので、そのコントラストが鮮やか。晩年のシューベルトは、一方で、こういう形でソナタの枠組みを超越したのです。

メジューエワによると、ロシア人はシューベルトをゆっくり弾く、一方でオーストリア人はもっと軽やかに弾く、のだそうです。ロシア人は豊かな音色で歌いたくなる。オーストリア人はリズムが生き生きとして、構造、リズム、ハーモニーを大事にする。

レオンスカヤは、ロシア人でありながらウィーン在住が長い。そういうことで、むしろそういうオーストリア人の感覚をも身につけたのではないでしょうか。そのことがこのD958ではとてもよく活きていて、軽やかでベートーヴェン的な構成感があって、しかも、ふっとテンポを緩めて歌う時にも息づかいが自然で美しい。

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だからレオンスカヤのD958は、ポリーニのそれを連想させます。ポリーニもとても構成的で明るく軽やか。ベートーヴェンへの敬愛がシューベルトの矜持として保たれています。リヒテルの重々しい音色と沈積するような歌い方とは好対照。現に、第1楽章のタイミングを較べてみても、リヒテル(11'27)に対してポリーニ(10'43)はずっと速い。

アンコールの即興曲でもそれは引き継がれて、フルトヴェングラーも好んだといわれる重厚な和声といかにも優雅なメヌエット風のアレグレットが両立したウィーン的な断章でした。






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エリーザベト・レオンスカヤ (ピアノ)
~シューベルト・チクルス Ⅳ

2018年4月10日(火) 19:00
東京・上野 東京文化会館小ホール
(J列23番)

シューベルト:
  ピアノ・ソナタ 第5番 変イ長調 D557
   I. Allegro moderato
   II. Andante
   III. Allegro
  ピアノ・ソナタ 第3番 ホ長調 D459
   I. Allegro moderato
   II. Scherzo. Allegro
   III. Adagio
   IV. Scherzo con trio. Allegro
   V. Allegro patetico
  ピアノ・ソナタ 第6番 ホ短調 D566
   I. Moderato
   II. Allegretto
  ピアノ・ソナタ 第19番 ハ短調 D958
   I. Allegro
   II. Adagio
   III. Menuetto. Allegro
   IV. Allegro

 [アンコール]
 シューベルト:4つの即興曲 D935 より 第2曲 変イ長調

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