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最後の3つのソナタ 河村尚子のベートーヴェン

河村尚子のベートーヴェン:ピアノ・ソナタ・プロジェクトは、いよいよ、その最終章を迎えた。

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 大作である前作の「ハンマークラヴィーア」でいったんは集大成とも言うべき境地に達したベートーヴェンは、さらに3つのソナタを書いた。それは、どこか余白にでも書き付けたかのような自由さがあって、簡素簡潔で、私的な告白のようであって、それでなお、底知れぬほどの深みがある。

3作は1819年から1822年にかけて3年にまたがって創作され、それぞれが明らかに互いに独立し完結しているが、と同時に作品番号は連続していて、連作作品であるかのような様相が強い。作品の様式や形式も自由奔放なほどに互いに個性のコントラストを放っているのに、統一感があるのは、いずれも、何らかの闘いや、葛藤、暗黒の支配から、やがては、それらを克服し平和や希望の光明を見出したかのような境地に達するということでは一貫した共通のプログラムがあるからではないだろうか。

河村は、多くのピアニストがそうするように、そのまま番号順に、この3作を、何の衒いも無く弾いていく。

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使用ピアノは、前回と同じくベーゼンドルファーの最新モデル280VC。

前回の「ハンマークラヴィーア」でもいかにもベーゼンドルファーらしい暖かく深みのある音色はそのままに帯域の滑らかなつながりと現代的なダイナミックの幅の広さを発揮させていたが、今回は、その音色の多彩さを見せつけてくれた。

それは河村が、これらの3作をどう演奏するかを探索した結果の楽器選択のようにも見えるし、逆に、このピアノを与えられたことでこの3作の新たな演奏の境地を見出したかのようにも見える。とにかく、ベートーヴェンのこの3作の演奏に新たな魅力を聴くものに拓かせたような素晴らしい演奏だった。

さすがに最初の作品109のソナタの前半では、ピアノが重たく感じられたけれど、最後の変奏曲は息を呑むほどに美しく感動的だった。最初の主題は、薄墨の水墨画のような淡さがあって、それが変奏が進むにつれて色彩が増して世界が拡がっていく。特にいかにもベーゼンドルファーらしい低域の深い響きとその動きが印象的。最後に主題が戻ってきて、再び、モノクロームの懐かしい世界に立ち返る。たゆたうような叙情が立ち去ったあとに残された余韻が感動的。

そういう色彩の豊かさと、さながら印象派の点描法のように彩色を散りばめて、旋律や律動がその彩色の相違、陰影から浮かび上がってくる。それはまるで緻密なオルガンの音栓操作のようで、曲を弾き進むにつれてタッチや音色の弾き分けがどんどんと展開発展していくことには目を瞠る思いがした。

作品110のソナタでは、やはり低域の響きと動きが主導的で、それはさながら両足を繰る巨大オルガンのペダル音のような奇跡を感じさせる。それが中間の奔放な楽章を経て、終楽章の序奏からフーガに至ると、色彩の多様性はそのままに、どんどんとピアノらしい歌唱性と機敏さを増していく。

そういうものが、最後の作品111では爆発的に展開していく。それは光芒を放ちながら浮かぶ小宇宙であるかのよう。ベートーヴェンは、私的な感情表白の音楽とともに、フーガなど忘れられたバッハなど古楽の源泉への回帰も執拗に試みているが、それがかえってドイツ音楽というローカル性から脱して普遍的なものへと拡がっていく。河村の演奏は、そういう晩年のベートーヴェンのユニヴァーサルな面を存分に引き出していて、新たな興奮を呼び覚ますものだった。
 
 
 
 
 
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河村尚子 ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ・プロジェクト Vol.4(全4回)
2019年11月13日(水) 19:00
東京・四ッ谷 紀尾井ホール
(2階BR1列25番)

ベートーヴェン
ピアノ・ソナタ 第30番ホ長調 op.109
ピアノ・ソナタ 第31番変イ長調 op.110

ピアノ・ソナタ 第32番ハ短調 op.111《ハンマークラヴィーア》

(アンコール)
ピアノ・ソナタ第30番第三楽章より終結の主題
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