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室内オーケストラ版 マーラー《大地の歌》 (紀尾井ホール室内管アンサンブル) [コンサート]

ソリストやメジャーオーケストラの首席奏者たちによるスター紀尾井ホール室内管がさらにメンバーを選りすぐった小編成で演奏するアンサンブル・コンサートも5回目となります。今回は、さらにウィーン・フィルのメンバーも加わり、マーラーの《大地の歌》と一段と豪華なコンサート。率いるのはもちろん首席指揮者でウィーン・フィルのコンサートマスターのライナー・ホーネック。

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前半は、ヨハン・シュトラウスⅡ世によるウィンナ・ワルツのサロン・アンサンブル版。

ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートといえば、年々、国際観光色を増して盛大になる一方で、かつてのローカリティはすっかり失われた観があります。けれど、このウィンナ・ワルツはとてもどこか懐かしく古びた感覚があります。ウィンナ・ワルツといえば、私たち日本人は、どうもハリウッド映画の影響なのか壮麗かつ軽快な大舞踏会シーンを頭に浮かべてしまいますが、ホーネックのウィンナ・ワルツのリズムはかなり重い。もともとそうなのか、あるいは、本当のウィーン風とはこれだ、と伝えたい気負いがそうさせるのかもしれません。

最後の《皇帝円舞曲》は、パリ管の次席である千々岩さん率いる第2回のアンサンブル・コンサートでも演奏されましたが、かなり印象が違って聞こえました。あのコンサートでのマーラーは、天国的で楽観的な第4番。今回のホーネックさんの《皇帝円舞曲》は、どこか世紀末的な爛熟した重いワルツ。それぞれが後半のマーラーにうまくつながっていきます。

そのマーラーが素晴らしかった。

この曲の実演は、N響定期など何度か体験していますが、これほど感銘を受けたのは初めてです。この名曲には幾多の名盤がありますが、実演に接するとどこか物足りない。それは、オーケストラの迫力と歌手の声量のバランスが取りにくく歌が埋没しがちだからではないでしょうか。録音再生ではそういうことがないので、この曲はむしろオーディオ再生での方が圧倒的に感動が大きい。そういう気がします。

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室内楽版では、歌に集中できますし、二人の実力派歌手の深い情感や感情表白が存分に発揮されます。プログラムとは別に舩木篤也氏の訳による対訳の歌詞が配布されたこともあって、歌詞を思う存分に味わえることができたこともあったと思います。享楽の圧倒的な絶叫の果てに「生も暗く、死もまた暗い」と嘆ずる第一曲の酒歌や《青春について》、《春に酔う人》など現生肯定の陰のような厭世観を歌うテノールのアダム・フランスンさんも素晴らしいし、透明で伸びやかな美声に哀感と寂寞の陰影をのせたミヒャエラ・ゼーリンガーさんも感動的でした。

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そして超絶的な技巧と、延々と続くソリスティックな難関の連続に全く集中と緊張を絶やさないアンサンブルにブラヴォーです。日本人の器楽奏者たちが、これほどまでに純粋に切り詰められたマーラーの音色と響きを自在に繰り出すことには驚きを禁じ得ません。特にホルンの日橋さんは、たった1本のホルンで幾多のフレーズと響きの厚みを完全無欠に吹き続けたことは驚異的。日本のオーケストラの《時代》が一変してしまったという感慨さえ覚えるほど。第二ヴァイオリンの野口さん、ヴィオラの安藤さんにも改めて感心しました。お二人とも紀尾井ホール室内管では地味な存在ですが、ああいう内声部や経過句のオブリガートなどのうまさがとても際だっていて凄みさえ感じました。

セバスティアン・ブルさんのチェロにも感嘆の念を禁じ得ません。何とも艶やかでそのフレージングはウィーン的な退廃の極み。木管楽器は楽器を持ち替えてのアンサンブル。カール=ハインツ・シュッツさんのフルート(ピッコロ)はさすがですが、むしろ、シャープで今の若いウィーン・フィルを代表する音色。ソフィー・デルヴォーさんは美貌のファゴット奏者ですが、この曲ではちょっと聴かせどころが少なかったかもしれません。高域は美しいのですが、低域のグロテスクさなどでは少し若さが出てしまったのかも。彼らに互して堂々たる健闘ぶりの蠣崎さんにはちょっと申し訳ない言い分なのですが、オーボエ(コールアングレ)はウィーン・フィルの音が聴きたかったなぁ(笑)。

打楽器群は、むしろ、抑制的でシェーンベルクの翻案の工夫と、マーラーの音の摘み方をよく現していたように思います。最終章の《告別》では、銅鑼はかなり仄かに響かせていて低音は抑制気味。コントラバスがフラジオレットのピッチカートを奏するなど、この編曲の巧緻な色彩が磨き上げられていて、だからこそ、消えゆくように繰り返し詠嘆する「永遠に…永遠に…(Ewig... ewig...)」がこれほどまでに心に染み入ったのだと思います。

盛大な拍手が鳴り止みませんでした。


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紀尾井ホール室内管弦楽団によるアンサンブルコンサート5
(紀尾井マーラー・セレクション II)
マーラー《大地の歌》
ウィーン・フィルのメンバーを迎えて

2020年1月17日(金) 19:00~
東京・四ッ谷 紀尾井ホール
(1階6列13番)

ライナー・ホーネック(第1ヴァイオリン)、野口千代光(第2ヴァイオリン)、
安藤裕子(ヴィオラ)、ゼバスティアン・ブル(チェロ)、助川龍(コントラバス)、
カール=ハインツ・シュッツ(フルート)、蠣崎耕三(オーボエ)、
勝山大舗(クラリネット)、ソフィー・デルヴォー(ファゴット)、
日橋辰朗(ホルン)、
武藤厚志(打楽器)、安東友樹子(打楽器)、
津田裕也(ピアノ)、
西沢央子(ハルモニウム&チェレスタ)

ミヒャエラ・ゼーリンガー(メゾ・ソプラノ)
アダム・フランスン(テノール)

ヨハン・シュトラウス2世:入り江のワルツ op.411
(シェーンベルク編曲サロン・アンサンブル版)
ヨハン・シュトラウス2世:シュトラウス:酒、女、歌 op.333
(ベルク編曲サロン・アンサンブル版)
ヨハン・シュトラウス2世:皇帝円舞曲 op.437
(シェーンベルク編曲サロン・アンサンブル版)

マーラー:大地の歌(シェーンベルク&リーン編曲室内オーケストラ版)
 1.現世の憂いをうたう酒歌(李白による)
 2.秋に寂しき人(銭起による)
 3.青春について(李白による)
 4.美しさについて(李白による)
 5.春に酔う人(李白による)
 6.告別(孟浩然、および王維による)

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