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木とドイツの古老たちと (いなかのクラング邸訪問記) [オーディオ]

クラングフィルムのオイロダインでクラシックを楽しまれているNさん宅を初めてお訪ねしました。

ご自宅は、森に囲まれた町の中心にある、自動車の通る現在の街道からちょっと入った古くからの商店街。想像していたのは広い敷地の離れとか別棟のようなリスニングルーム…というものでしたが、それとは違っていて、ご自宅は建て込んだ町のなかにあります。ご自宅は店舗、事務所を兼ねていて、その続きの倉庫の奥の2階をまるごと改造したものでした。

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中に通されると、六方すべて木造り…というのは、すでに写真で見ていた通りなのですが、
想像していたよりもはるかに広々としていることは意外でした。天井が高いのとスピーカーが大柄なので錯覚していたのでしょう。とても気持ちのくつろぐ黄金比のお部屋は、中に入って扉を閉めても、会話の響きはとても自然で作ったような感覚が皆無。

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壁面は、様々な音響上の意匠が凝らされています。大工さんに頼んだり、相談しながらだったそうですが、かなりの部分が手作りとのことで、まず、そのことに驚かされます。木の棒の拡散グッズも市販のメーカー製は中央と両隅の下段だけで、他はすべて自作だそうです。しかもそれを四隅だけに抑制して使用されています。

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壁面は当初の施工にあったスリット式の吸音スペースは聴いた上で塞いでしまったそうで、吸音はやめてしまったそうです。リブによる拡散面とフラット平面は対向面でスタッガーにするということは石井式の考え方の通りです。実際、けっこうライブな環境なのですが、聴感上はとても静か。それは、時間をかけて入念に拡散を仕上げてきたからのようです。

各所に斜めのプロップがありますが、壁面の振動を潰しブーミングを抑えるためのものだそうで、これもすべてとても丁寧な手作りです。

システムも、フィデリックスのフォノイコとプリをフェーダーに直結して2台の真空管モノアンプにつなぐというシンプルなもの。スピーカーのネットワークはご自分で手を入れてレストアされたそうです。

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アナログプレーヤーは、トーレンス。巨大なプラッターですが、釣り鐘状のプラッターのなかにベルトドライブのメカが収まっていて、駆動モーターは“マブチモーター”のように小さいそうです。起動するときは手で弾みをつけてからスイッチ・オン。究極のSNです。

アームとターンテーブルシートはVIV Laboのもの。私のアナログプレーヤーと同じで、特にターンテーブルシートは同じものを使っている方は初めてお会いしたのでうれしい限りです。カートリッジはオーディオテクニカ。トーレンスの横にはEMTも置いてありますが休眠中。カートリッジもスピーカーの上にずらっと並んでいますが、いずれも、使ってみて聴いてみて、最終的に今のシステム・ラインナップに定着されている。ブランドやグレードにこだわらず、じっくり聴き込んで自分で決めてこられたわけで、こういう姿勢はとても勉強になります。

すぐにアナログLPの再生になりました。

いきなり、デジタル録音のDMM盤です。Nさんは古いアナログ派だと勝手に思い込んでいたのですが、最初からLP末期の当時最先端技術のディスク。それもエテルナというので意表をつかれる思いでした。

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カール・ズスケのソロとマズアの指揮のベートーヴェンは、ゆったりとしたテンポで、一見古いようで実は新しい…、そういうロマンチックなベートーヴェン。その音楽にふさわしい悠揚迫らぬ耽溺的なサウンドが身体を包み込むように響いてきます。

いろいろ聴かせていただきましたが、何より印象的なのは、立体的な均衡が見事でしかもとても安定していること。確かに現代的なハイスピードとキレの良さ、ワイドレンジではないのですが、分解能の高さはつないだだけのハイエンドシステムを確実に上回りますし、低域は無理せず自然でリアル。高域も同様で、何気なくオイロダインの上に載っている「ハーモネーター」も機知に富んでいます。



(以下は持参したものを聴かせていただいたディスクの一部です。)

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ペルゴレージの「哀しみの聖母(スターバト・マーテル)」
1964年の録音で、ピリオドが主流の現代からすれば時代遅れですが、あの時代なればこその素朴さと磨き上げた美意識が見事に香り立ってきました。ラスキンのソプラノが特に滑らかで、声色もナチュラルで彼女の清純さが何気なく引き立ちます。

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ドヴォルザークの「アメリカ」
1976年、当時、ワンポイントマイク録音で一世を風靡したカリオペの録音。ターリッヒ弦楽四重奏団にとっても西側レーベルへのデビュー盤でした。四人の奏者がぴたりと左右に展開することに驚きました。四重奏の配置は右手側のチェロとヴィオラがふた通りあって、しかも、音色が聴き分けにくいのですが、左から第一Vn、第二Vn、チェロ、ヴィオラと並ぶのが目に見えるように鮮やかに定位しました。

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宮沢明子/バロックアルバム
トリオレコードに幾多の録音を遺した宮沢明子とエンジニア菅野沖彦の傑作アルバム。1973年にベーゼンドルファを弾いての録音。

ところが、これが「あれ?」ということに。ちょっとくぐもったような鈍い音色。宮沢/菅野のレベルの高さは定評があるし、この日もアルゲリッチのバッハなどはよく鳴ったし、オイロダインのスコーカーは音がよく飛んでくるので、こんなはずはない。

「相性が悪いのかなぁ」と申し上げると、クラングさんは「まだ100HZ辺りにピークがあってそのせいかもしれない」と仰ります。そのピークがたまたまツボの音をマスクしてしまうのでしょうか。あるいはわずかに左右のスピーカーの焦点が合っていないのか。こういうところがクラシック音楽再生の恐いところです。

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レスピーギの「リュートのための古代舞曲とアリア」
ロペス=コボス指揮ロンドン・フィルの快演。今はなきキングスウェイ・ホールは、デッカの「メートル原器」とも言われたのですが、その名スタジオならではの、部屋いっぱいに拡がる響きのスペースの大きさと、色彩豊かなレスピーギのオーケストレーションが見事な分解能で再生されます。

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SIEMENS F2a11 PPの古武士然たるカッティングアンプとオイロダインという組み合わせからは信じられないような立体的で高分解能のオーケストラサウンドです。しかも、柔らかな弦や木管の艶やかさと、金管の燦然たる輝きが共存する。オーケストラが苦手と仰っていたのに、これはちょっと裏切り行為です(笑)。

気をよくされたのか、フェーダーのボリュームをご自身で上げられたのですが、ちょっと高域が崩れてしまいました。クラングさんは、スピーカーケーブルの見直しやアンプのパーツのリフレッシュなどを検討しようかなぁとも仰っていました。

実は、オイロダインもそもそも試聴したものはひどい音がしていたのだそうです。それにもかかわらず、オイロダインの素性の良さを感じとり、惚れ込んで一発購入を決心されたのだとか。部屋もそうですが、こつこつと自分で手を入れることを積み重ねて、今の素晴らしいサウンドになっている。こういうところに、音楽やオーディオの品位を保ちつつ無理をせずに、細かく問題点を追っていく姿勢のクラングさんに共感と敬服の念を持ちます。

聴いている私としては、音量的には十分とも思えたのですが、ここまでよく鳴ってくるとついボリュームを上げたくなるのは人情です。「やはり、爆音とか低音など“オーディオの邪心”という悪魔の誘惑を振り払うのは難しいですね」と二人で大笑いでした。
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