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「日本の敗因(小室直樹 著)」読了 [読書]

小室直樹という人は、稀代の変人・奇人で、研究に没頭するあまりその生活は貧窮を極めたそうだ。その才気を惜しんだ友人たちが本の執筆を進めた。それが当たってベストセラー作家となる。一方で、研究そのものはその興味があまりに変転するために専門の体をなさなかった。むしろ、俗論に安住する世論をちゃぶ台のようにひっくり返す過激な舌鋒が人気となり、世に名を成した。

本書も、歴史研究や戦史分析といったものではない。各論があっても統合するような結論はなく、「これが敗因」「こうすれば勝った」という本でもない。むしろ、現代(2000年当時)の政治を痛罵し官僚に批判の矛先を向けたものと言えよう。

だから、戦略批判としては、荒唐無稽で矛盾だらけ。

例えば、戦艦大和を早期に就航させていれば米国は開戦を躊躇したというが、ロンドン軍縮条約の失効と同時に建造が開始されていて国力の限りを尽くした最短だった。秘密にせず誇示すればよかったというが、「抑止力」というのは戦後の核兵器時代の産物ともいうべき思考で、いくら何でも無いものねだり。

同様なのがゼロ戦。開戦時にもう300機多く実戦配備していれば完勝だったというが、それも国力の限界。一方で、同じ口で、日本は「物量で負けたわけではない」と言うから論理矛盾。国力と戦略をすり替えている。しかも、当時の航空機技術の日進月歩ぶりも言っているから、まさに物量的生産力の問題で自己撞着もはなはだしい。

ゼロ戦のエンジンを当初から大馬力のものにすればよかったというのも、国力と戦略とのすり替えだ。設計変更は実機化を遅らせるから、開戦時の大量配備論と矛盾する。そもそも、著者が絶賛する「紫電改」のエンジン「誉」はアメリカ製のハイオクガソリンでなければ設計諸元を実現できなかったという現実もご存知ないらしい。

真珠湾での二次攻撃をしないままに離脱した南雲を責めているが、大勢を観れば南太平洋での制海権は早晩、米国に奪還されただろう。第一、山本の作戦そのものをこきおろしているのだから、その作戦を精度高く実行し、二次攻撃や油槽破壊を避けた南雲を非難するのは、やはり、文脈前後の矛盾だし、海軍人事の弊害云々も他論の受け売りでしかない。

「自由もデモクラシーも自らの力で獲得すべき」「日本は自由を自ら勝ち取っていない」というのもよくある正論だ。しかし、その正論で日本の近現代史を断ずるのは、それも俗っぽい論理だと思う。明治憲法は、自由民権の急進性抑制に腐心した。軍国主義化はその憲法の欠陥が招いたものだ。現憲法はアメリカのお仕着せというが、現憲法が民定憲法であることは事実であり、統治規定が揺らぐことなくその平和主義は70年を経ても国民の強固な支持を受けている。国民が自ら血であがなった戦争の痛恨の体験があればこそだと言える。

結論が、国家の計は人にあり…というのはよいが、人材育成は「日本版エコール・ポリテクニーク」だというのも、どうだろうか。単純なエリート育成論は山ほどある。万言を労してたどり着くのがとってつけたような実学中心のエリート教育の重視というのではいかにも物足りない。

あの戦争は負ける理由は満載だった。だからその理由をいくら挙げても各論に過ぎない。問題は、「負ける戦争」を始めたことそのものが大問題なのだが、著者はそこを少しも探求しない。

博覧強記を駆使しても俗論は俗論なんだと思う。
 
 
 
日本の敗因_1.jpg 
 
日本の敗因
歴史は勝つために学ぶ
小室直樹 著
講談社
タグ:小室直樹
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