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ベートーヴェンの「ハ調」  (紀尾井ホール室内管 定期公演) [コンサート]

9月に再開された定期公演は、チケットはすべてキャンセルされて一切が仕切り直しでしたが、緩和後の今回は、手元のチケットはそのままでの開催。感染対策は徹底しています。

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正面玄関の外には長い列。館内には列を作らないことに加えて、検温、手の消毒などに手間がかかるせいです。もちろん飲食のサービスはありません。座席に着くと、空席が目立ちます。定期会員といえどもキャンセルが多いようで、座席数も定員の50%に制約しているからです。1階席の左右のブロックはほとんど空席となっています。

本来は、ホール創立25周年にあわせて《献堂式》序曲が演奏される予定でしたが、指揮者や客演の来日キャンセルにより、プログラムはすっかり入れ替わりオール・ベートーヴェン。ハイリゲンシュタットの遺書を書いた1802年前後の作品で構成され、しかも、すべてハ調で書かれた作品で統一するというもの。

1曲目は、「コリオラン序曲」。

いきなりハ音のユニゾン。フォルテッシモの持続音に続けて痛切な属和音の一撃。それが二度、三度と繰り返される印象的な冒頭開始です。この曲は、ベートーヴェンが難聴の苦難を乗り越えて新境地を得た「傑作の森」の時期に作曲されています。

2曲目は、ピアノ協奏曲第3番。

この曲も、やはり、いきなりハ音で始まる主題を何のてらいもなくユニゾンで提示して開始します。

いずれも、ハ短調の曲。ベートーヴェンのハ短調といえば特別の調性とされ、ことさらに運命的、悲劇的に演奏されるのがある種のお約束ごと。荘重な重々しい運命であれ、叩きつけるような激しい緊迫感に満ちた悲劇であれ、その悲痛極まりない音楽こそベートーヴェンのハ短調。

でも、この演奏は、どこかとても中庸で、陰影に富んだ情感の起伏はむしろ優美で雅やかです。

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世界的な感染拡大で、海外在住の演奏家の来日中止が余儀なくされる中で若手・中堅の日本人指揮者の起用が何かと話題になっていますが、今回、代演となった阪は、紀尾井にはすでに2回登場しています。ウィーンのフォルクスオーパーで「こうもり」を指揮するなどドイツ・オーストリー正統の演奏には定評があります。このしなやかで、極端に走らない音楽には、そういうウィーンの美意識を感じます。

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ピアノの石井は、私には全く初めてで何の予備知識もありませんでしたが、写真の印象よりもずっと若くすがすがしいお嬢さん。

そのピアノの音も美しく乱れのないフレージングとしなやかなアーティキュレーションで、これもまた、悲劇的自己陶酔とは無縁の優美なハ短調。112小節にも及ぶ管弦楽だけの提示部から、ようやくピアノが登場しても、何の違和感も不連続も感じさせない見事な競演です。阪が主導した流れなのか、石井が求めたものなのか、そんなことすらも意識させない、自然で、しかも、堂々たるハ短調。ベートーヴェン自身による技巧的なカデンツァも流麗で華やか。

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ヴァイオリンを両翼に配し低弦を左手に置く配置は、前回に坂が振ったときと同じ。6-6-6-3-2という小ぶりな編成のピュアな響きで、ピアノとのバランスもよい。

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前回と違って、リハーサルも本来通りこのホールでしっかりと合わせたようです。他の二人のコンサートマスターの留守を玉井菜採さんが一手に引き受けるという形ですが、その揺るぎないリードぶりに仲間との信頼と絆を感じさせます。

後半は、第一番の交響曲。

前半のふたつのハ短調と違ってハ長調。しかも、主音から始まるのではなく属調ヘ調のしかも不協和音から始まります。いわゆる7thという和音。ここからイ短調、ト長調へとさまよう序奏部は、果てしなく何かを求めている希求の進行。作曲当時のベートーヴェンは、新しい音楽性で人々を驚かせ喜ばそうという野心に燃えていたはずですが、それと同時に、難聴の兆しに不安をつのらせていたに違いありません。不安を振り払いながら停滞することなく前へ前へと進む躍動が、この交響曲の全編にみなぎっています。

いよいよ主部に入るところで、軽やかに主音のハ音が奏されて、それを頭に主題が登場します。残念なのは、その印象的な刹那にいきなりファゴットが音を外してしまったこと。管楽群器が主和音のドミソを奏するなかでの唯一の5度のト音ですのでかなり目立ってしまいました。この曲はファゴットも聴かせどころが多く、緊張もあったのかもしれません。そういえば休憩時もステージに残って練習していました。あら探しをするつもりは毛頭ありませんが、あそこはかなり残念でした。

このハ長調の交響曲も、前半のベートーヴェンからずっと一貫しています。

主音のハ音は天体の調和の基調であり解決の象徴。ハ長調は、勇壮であり思い切りの良い、停滞を許さない前進の音楽です。ベートーヴェンは、確かに大きな難事に遭い、懊悩するのですが、終始、臆することなく前向きだったのだと思います。阪のタクトは、悲観でもなく熱狂でもなく、そういう明朗さに満ちた格調高い「ハ調」のベートーヴェンでした。

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ブロック毎に間合いを空けての退場を促すアナウンスに従って、ゆっくりと外に出てみると秋の夕暮れが美しく、壕堤から晩秋の日没を眺めていたら、ゆったりと心の均衡と平衡を保てばよいと諭されているような思いがしました。



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紀尾井ホール室内管弦楽団 第124回定期演奏会
2020年11月21日(土) 14:00
東京・四谷 紀尾井ホール
(2階センター 2列13番)

阪 哲朗 指揮
石井 楓子 ピアノ
紀尾井ホール室内管弦楽団
(コンサートマスター:玉井菜採)

ベートーヴェン:
序曲《コリオラン》ハ短調 op.62
ピアノ協奏曲第3番ハ短調 op.37
(アンコール)
6つのバガテルop.126より第3番

交響曲第1番ハ長調 op.21
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