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『「色のふしぎ」と不思議な社会』(川端裕人著)読了 [読書]

色覚(色の見え方)の先端科学の世界を5年の歳月をかけて取材。

そこから見えた「色のふしぎ」の世界は驚きの連続。わかっているようで、まるでわかっていなかった色覚の世界は、実にエキサイティング。20世紀までの社会通念や思い込みがことごとく覆り、吹き飛んでしまう。

色は、可視光線の波長の違い。反射(吸収)の波長の違いが色となる。単波長だけではなくスペクトル(波長の強度分布)によって区別され、三つの原色の混合であらゆる色を生み出せる。ヒトの目は、赤・緑・青の三種類の光受容体(錐体細胞)を持ち、その官能で識別しているからだ。赤と緑の区別がつきにくい色弱や二種類しかない二色覚(色盲)という「色覚異常」がある。それは遺伝する。

ここらあたりまでが、基本というのか出発点というべき理解で、何とかついていける。ところが、生理学や脳科学、動物行動学、進化生物学、ゲノム解析による最新遺伝学、そして色覚検査手法の進歩といった《最新のサイエンス》が、それらがほぼ誤解に近いものだったということを明らかにしていく。

身近にあった色盲検査。

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「石原表」というモザイク画のようなものを見せられて、そこから浮かび上がる数字などを言い当てる。帝国陸軍の石原軍医監が開発したもので、それが世界共通となって広く普及していたという。差別やプライバシー侵害などの批判が高まり、二十世紀末になって学校検査は廃止されている。

こうした色覚スクリーニングをめぐっては「偽陽性」もキーワードとして登場する。「感度」「特異度」「負のラベリング」「過剰診断」なども取り上げ、スクリーニング検査があらかじめクリアすべき条件も論じていて、今のコロナ禍の論議を先取りもしていた。

著者は、検査により「色覚異常」とされていた当事者だが、この取材を初めて間もなく、実は、正常だったとの宣告を受けがく然とする。むしろ青色色覚に優れるとまで診断されて、逆に、アイデンティティの揺らぎを覚えるほどだったという。

それが、本書を生むモチベーションになったことは確かだろう。だからこそ、そうした色覚検査の過去と、職業選択などを理由とする最近の安易な復活論に対して切実で痛烈な批判を貫いている。色覚は多様で連続的なもの。赤色が見えにくいという程度なら、私たちの実に4割がそうだという。決して、「正常」「異常」、「優性」「劣性」に区分けされるものではない。

しかし、これが感情的な社会批判ではなく、科学の成果を多面的に掘り下げている合理的な現実論であって、ひいては社会の多様性を認めようという未来志向のものとなっている。それが、読後の爽やかさにつながっている。

色覚のテーマがこれほど学術分野の多岐にわたり、社会的なすそ野が広いことには驚くばかりだ。その多種多様な論議をとてもわかりやすい語り口で、ソフトカバーの一冊に構成した筆力にも脱帽する。

誰にとっても身近な色覚のことだけに、鮮烈なサイエンスドキュメンタリーとして、広く推薦したい。


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【目次】
準備の章 先天色覚異常ってなんだろう
第1章 21世紀の眼科のリアリティ
第2章 20世紀の当事者と社会のリアリティ
第3章 色覚の進化と遺伝
第4章 目に入った光が色になるまで
第5章 多様な、そして、連続したもの
第6章 誰が誰をあぶり出すのか――色覚スクリーニングをめぐって
終 章 残響を鎮める、新しい物語を始める



「色のふしぎ」と不思議な社会
2020年代の「色覚」原論
川端裕人 著
筑摩書房

タグ:色覚異常
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