SSブログ

「ロッキード疑惑」(春名幹男 著) [読書]

田中角栄は「金脈」で失脚し、「ロッキード」で息の根を止められた。

田中は、最後まで無罪を主張し続けたが、脳梗塞で倒れ政界引退を余儀なくされ、その死去により上告審審理途中で公訴棄却となった。田中の元秘書・榎本敏夫の上告審では最高裁は田中の5億円授受を認定し確定している(丸紅ルート)。「首相の犯罪」を疑うものは、おそらく皆無だろう。それなら田中はなぜあのように最後まで無罪主張に執念を燃やし続けたのだろうか。

謎の多い「首相の犯罪」だけに、その真実は不明で諸説がある。不明にハエのように群がるのが「陰謀説」だ。

著者は徹底した調査取材で、その「陰謀説」を次々と丹念に潰していく。

その主要なものをあげると…

1.「誤配」
   …ロッキード社の文書がチャーチ委員会事務局に誤って配達され発覚した

2.「ニクソンの陰謀」
   …トライスター機の購入を勧めたニクソンが同意した田中を嵌めた

3.「三木の陰謀」
   …三木武夫首相が政敵・田中の事件を強引に追及した

4.「資源外交説」
   …資源供給をめぐる中東アラブ寄りの独自外交がアメリカの「虎の尾を踏んだ」

5.「キッシンジャーの陰謀」
   …田中を人格的に嫌悪したキッシンジャーが田中だけを選択的に陥れた

著者は、いずれの「陰謀」も否定する。

米国政府の情報公開などによる新資料も丹念に読み込みながら矛盾や誤謬を糺していく。1.の誤配説や、2.のニクソン陰謀論などは時系列的に矛盾する。3.の三木説は、そういう意図が三木にはあったが、米国当局は一蹴している。三木(あるいは日本)にはそんな力はなかった。

4.と5.は、密接に絡んでいる。とにかくニクソンとキッシンジャーは田中を嫌っていた。このふたりの田中への憎悪には日中国交回復も加わっている。米中関係正常化は、日本の頭越しだったが、田中の日中条約締結は、国際外交としても先んじるもので、米国の思惑への仕返しと取った。密約や密使外交が好みのキッシンジャーは、田中のトップ会談による率直でオープンな外交交渉をことさらに嫌った。日ロ平和条約交渉では、秘かにロシア側に通じて領土問題解決を妨害さえしていたという。この辺りはニクソンやキッシンジャーの政治体質や、《対等》とはほど遠い日米関係を活写していて興味深い。本書の真骨頂はここらあたりにあると思う。

しかし、ニクソンは自らのスキャンダルでそれどころではなかった。キッシンジャーは、確かに田中の名前だけを開示させるという権限を巧妙に自らの手に握っていた。そうであっても、キッシンジャーにはロッキード事件をあえて露見させ田中を陥れるだけの政略的な動機が見当たらないという。

著者の綿密かつ執拗な調査は、ある意味で日本のマスコミやジャーナリズムへの痛烈な批判へとつながる。特に田原総一郎の「アメリカの虎の尾を踏んだ田中角栄」という陰謀俗説などは木っ端みじんだ。

反面、陰謀論好きにとっては、何とも味気ない。

田中がなぜあれほどに無罪に執念を燃やし、継承者・田中真紀子が特定の自民党政治家や田中派の末裔たちを憎悪したのか?その問いかけもなく、その答えもまったく不明だ。いわゆる、「ほんとうの『巨悪』」の追求も何とも竜頭蛇尾に終わる。

著者には、「田中金脈」を上回る、ほんとうの戦後の日本保守政治の汚れた「金脈」を暴いて欲しかった。そこには戦後日本の内政の恥部と、卑屈な対米追従が隠されているはずだ。本書は大部なものだが、あくまでも従来の「陰謀説」の否定だけに終始していて物足りない。



ロッキード疑惑_1.jpg

ロッキード疑獄
角栄ヲ葬リ巨悪ヲ逃ス
春名 幹男 著
KADOKAWA
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。