SSブログ

「日中戦争」(波多野澄雄ほか 共著)読了 [読書]

8月15日、ラジオ放送で蒋介石は「仇に報いるに徳をもってせよ」(「以徳報怨」)と日本軍の武装解除を呼びかけた。

この発言がもととなって日本には賠償を求めなかった。中国は連合国の一国として戦勝国の地位を得て国際連合の常任理事国となった。長きにわたった戦争を耐え抜き勝利を手中にしたのは中国だった。

しかし、日本にとっての戦争は8月15日に終わったわけではない。

実は、この時点で、中国派遣の日本軍、約105万の精鋭は統率を保ち旺盛な志気を保ち健在だった。岡村寧次志那方面軍総司令官は『敗残の重慶軍に無条件降伏するが如きは絶対承服し得ず』と抵抗した。朝香宮を派遣し説得に努めた結果、降伏を受け入れたが、投降する日本軍の武器や装備、人材は、中国側の接収競争の渦中に投げ込まれる。

国民政府軍が出遅れた華北では共産党軍が命令を無視。蒋介石もこれに対抗し、停戦後も武装解除せずに日本軍の態勢と統治秩序を保持することを要請したから、華北では共産軍と日本軍の戦闘が続いた。8月15日の蒋介石の「以徳報怨」演説はこうした情勢を背景にしていた。

その年の10月10日に、いったんは国民党と共産党の統一政権の合意(「双十協定」)が成立するが、その後も両党の主導権争いは続く。日本軍の全面的な武装解除の完了は翌年1月のことで、その間、7千名の死傷者を出している。

本書は、太平洋戦争を日中戦争のなかに包含して、その延長あるいは一部分として捉える。その起点を1937年(昭和12年)の盧溝橋事件とするにとどまらず、原因となった満州事変と満州国設立にまでさかのぼる。戦争期ははるかに年数が長いというわけだ。

日本は、一貫して日中二国間での解決に固執するが、蒋介石は基盤薄弱な国内主権をかろうじて保ちながら多国間、国際的な枠組みでの外交にこだわった。日本は、米国への仲介を求めながら迷走し、かえって日米間の緊張の高まりを強め、ついに戦端を開く。すかさず蒋介石政権は対日宣戦を布告し、まんまと連合国/戦勝国の地位を得ることになる。日本は、中国を交戦国だとも認める間もないまま敗戦を迎えることになった。

しかし、サンフランシスコ講和条約の席上に、戦勝国・中国は不在となった。

成功したかにみえた蒋介石だが、結局は、内戦に敗北し中国には共産党政権が樹立する。そのこと自体は本書の範囲外だが、日中の当事者は、日本と国民政府との大きな争点だった防共協力とそのための華北の日本軍駐留に合意できなかったことを悔いたという。日中の駆け引きの破綻は、結局は双方の破滅を招いたというわけだ。その失敗には、米国の対日不信と尊大な強硬策も加担している。

本書は、10年前に終了した日中歴史共同研究(日中両国政府支援)の成果を参加者の個人的見解としてとりまとめたもの。

それだけに従来の日中戦争史に対して、中国側の視点が豊富に採り入れられている。その戦争史観は、紛争を反ファシズム統一戦線の枠組みに拡げて政権の正統性を得ようとした蒋介石の戦略の勝利であり、地域紛争として二国間での解決にこだわり続け軍部を統御できないまま国内政治の迷走を招いた日本の失敗と位置づける。

従来の日中戦争史は、「なぜ始まったのか」「なぜ解決できずドロ沼化したのか」という日本側の政治プロセスに傾き過ぎているとの批判はその通りだと思うが、かといって中国側の動向を追うばかりで、これまでも多々指摘されていきた日本の和平努力とその挫折を素通りしてしまっているのはどうかと思う。戦禍拡大を煽動した国内世論やそれに乗じたポピュリズム政治家や軍官僚の「中堅層」も実態が描かれない。このあたりは、特に第四章、第六章が罪深い。「抗日戦争」「傀儡政権」という言葉尻を捉え、それをくどくどと説くだけでは、かえって肝心な本質を見過ごしてしまっている。

ましてや『中国人民が日本の「侵略」に抗して「抵抗」を貫いたからこそ…国民統合が進んだという歴史観は動かしがたい』という著者代表の主張(「はじめに」)にはとうてい肯んじがたい。結果重視というのは、結局は体制順応であって、真の学術的姿勢とは思えない。

むしろ、「日中歴史共同研究」の参加者ではない、ふたりの著者が担当した部分がとても新鮮。

財政史の視点で書かれた第七章と、南京攻略戦とそのプロパガンダについての第三章と第五章は、これまでの日中戦争史論に欠けていたユニークな部分で読み応えがある。特に、予算統制の最後の砦を議会があっさりと明け渡してしまう瞬間を数値的に明示し、満州国開拓政策がかえって国内の資本投資や蓄積を簒奪し、稚拙な外交によって国際的孤立が貿易立国の基盤を破壊していったとの指摘は新鮮。いわゆる「南京虐殺」のフェースニュースに対しては当時から憤りを買っていたという。反論ベタというのもそうだが、当初は好意的だった海外報道を傍観したり、批判的な国際世論に真摯に耳を傾けることをせず、かえって意固地になる性向は今も変わらない。

標題の前に「決定版」とうたっているが、それはあまりにも不遜。

むしろ、本書をひとつの契機としてもう一度あらためて日中戦争や太平洋アジア戦争の歴史的探求と論議を深めてほしい。




決定版 日中戦争.jpg

決定版 日中戦争
新潮新書
(著者)
波多野 澄雄 筑波大学名誉教授
戸部 良一 帝京大学教授
松元 崇 元内閣府事務次官*
庄司 潤一郎 防衛研究所研究幹事*
川島 真 東京大学教授

*は、「日中歴史共同研究」非参加者
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。