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「中世ヨーロッパ」(ウィンストン・ブラック著)読了 [読書]

ヨーロッパの「中世」には、その時代への憧憬とともに虚偽に満ちている。

例えば、『中世は暗黒時代』などと言われるが、それはフィクションだという。

本書は、中世ヨーロッパについてのフィクション11項目とりあげて、その概要と成立過程などを概観し、そういうフィクションを流布させた史料を提示する。後半、実際にはどうだったかを示し、それを裏付ける史料を提示する。

すなわち、フィクションと、それを真っ向から否定するファクトを並列させ、それぞれに史料からの引用をあげるという構成となっていて、テーマごとにその構成を決して崩すことなく堅固に繰り返す。そういう堅さが、本書の真骨頂。

もちろん、歴史好きにとっては「そうだったのか」という暴露的な面白さはある。けれども、ヨーロッパ中世のイメージが大ウソだと、次から次へと切り捨てているだけではない。そういうフィクションがどうして生成されたのか、どのように流布していったのかを丁寧に概説し、実際はどのような真実だったのかを史料に基づいて説明している。

こういう「中世」のフィクションは、「中世主義」「中世趣味」と言われる。それはヨーロッパ各国の国民国家が成立する近代において歴史的アイデンティティの模索から生まれたという。中世からインスピレーションを得た文学や絵画などに現れる中世主義的表現は、新たな表現を生むとともに、騎士道など近代人の価値観に添う形で理想化されていく。

一方で「中世」には、無知と迷妄に満ちた知的退行、野蛮で残虐な時代、教会が人々を支配した時代というネガティブなイメージも造られていく。それは主に、近代のルネサンス賛美の裏表であり、あるいはプロテスタントがことさらにカトリックを批判し貶めたプロパガンダとして形成されたということは否定できない。その傾向は、プロテスタント優位のアメリカでは、中世ヨーロッパの後進性とカトリック教会支配への忌避感によって強められていく。

「訳者あとがき」が秀逸。

ひとつの短いエッセイになっていて、こういったことが日本人にもわかりやすく簡略に概説されている。さらに日本の「中世主義」の受容の歴史に触れ、80年代後半以降にはそれが「ドラゴンクエスト」などロールプレーイングゲームやアニメによって新たなサブカルチャーを生み、ヨーロッパへと逆輸出されたとの指摘は目からウロコ。歴史研究における「史料批判」のあり方にも触れるなど、内容的に読み応えがあるし、本文の理解にも大いに資するところがある。まず最初にこの「あとがき」を一読し、読後に再び一読されることをおすすめする。本書の面白さが倍増するに違いない。

これだけの大部を新型コロナ感染にもかかわらず短時間で訳出した訳者陣にも敬意を覚える。しかも、訳者の皆さんは、少壮の研究者や研究学徒ばかり。大いに賛辞を送りたい。



(参考)中世についての11のフィクション
1.中世は暗黒時代だった
2.中世の人々は地球は平らだと思っていた
3.農民は風呂に入ったことがなく、腐った肉を食べていた
4.人々は紀元千年を怖れていた
5.中世の戦争はウマに乗った騎士が戦っていた
6.中世の教会は科学を抑圧していた
7.1212年、何千人ものこどもたちが十字軍遠征
8.ヨハンナという名の女教皇がいた
9.中世の医学は迷信にすぎなかった
10.中世の人々は魔女を信じ、火あぶりにした
11.ペスト医師のマスクと
    「バラのまわりを輪になって」は黒死病から生まれた





中世ヨーロッパ_1.jpg

中世ヨーロッパ: ファクトとフィクション
ウィンストン・ブラック (著)
大貫 俊夫 (監訳)
訳者:内川 勇太、成川 岳大、仲田 公輔、梶原 洋一、梶原洋一、白川太郎、三浦麻美、前田星、加賀沙亜羅
平凡社

原著:The Middle Ages: Facts and Fictions. 2019 by Winston Black

タグ:中世
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