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文楽の音 (国立劇場 第217回文楽公演) [芸能]

久しぶりの文楽です。

今年は、国立劇場開場55周年にあたるそうです。たまたま、TVの人気長寿番組「笑点」を観ていたら同じように「55周年記念」ということで座布団を連発していたのを思い出し、ちょっとほっこりした気分になりました。

最初の出し物は、三十三間堂の建立をめぐってのお話し。

横曾根平太郎は、父の仇討ちを背負う浪人ですが、お柳(りゅう)と出会って夫婦となり子をもうけ、老母と、熊野の里で、ひっそりと暮らしています。実はそのお柳は、柳の木の精。平太郎のおかげで伐り倒されることを免れた恩返しに人間の身になって夫婦愛を貫きます。それが白河天皇の縁があって平太郎が出世の糸口を得、そのために柳の木は、いよいよ三十三間堂の棟木として伐り出されることになる。

平穏で静かな暮らしのなか、母子の愛情や夫婦のしっとりとした語らいが見所。面白いのは平太郎のアンチヒーローぶり。母親の言うがままに従うのも孝行だと足を洗ってもらっていると、畑の野菜を採ったと因縁をつけに押しかけた悪者に、それも弱みにされて、強請られるままでなすすべもない。妻のお柳が、自分が棟木として差し出されることで別れる運命を、ひっそりとほのめかすのに、そのことに気がつかない。そういう平太郎の弱さが、かえって、この夫婦ふたりの平穏な暮らしを満たしている夫婦愛を切ないほどに伝えて胸を打つのです。

吉田和生の女房お柳がそういう誠実味あふれる仕草を儚いまでに演じきる。ここでは、中を語った睦太夫の声と清志郎の太棹が艶があってしかも強く冴え渡った。もちろん、奥を務めてくれた呂勢太夫と清治の至芸の世界に触れられたことも嬉しい。

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後半は、安珍清姫のお話し。道成寺の鐘に隠れた安珍を蛇になってまとわりついて追い詰める話しからの一段。今で言えば、女が男を追うストーカーといったところだが、その清姫が安珍を追って日高川に飛び込み、蛇体を顕し火を吹きながら対岸まで行き着くという大スペクタクル。姫の頭(かしら)が一瞬にして鬼に面変わりする人形のカラクリ《ガブ》も見どころ。

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東京の文楽公演はなかなか良い席が取れないのですが、今回は右手の席がとれました。人形が演ずる舞台からはちょっと遠いけれど、浄瑠璃の太夫と三味線が語る「床(ゆか)」に近い。

その分、太い肉声の語りや太棹の厚い響きとパルシブな反響音が大迫力。

邦楽の劇場音響は残響が短くドライ。直接音主体の音響なので、それだけに音の立ち上がり立ち下がりが鋭く、音像の方向性もはっきりする。

人形浄瑠璃は、演ずる人形という映像と、語りとその伴奏である三味線の「床」という音響が、はっきりと独立していて二本柱を成している。音声の雄弁さは素浄瑠璃(すじょうるり)として独立した芸鑑賞も可能なほど。かといって人形の細やかな遣いの至芸や、仕草、形、人形の美しくも生々しい姿態からも片時も目が離せない。

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しかし、人形の舞台は正面、太夫と三味線の床は右手にある。

舞台は、当然、正面にあるが、音声はそれに重ねることができない。西洋歌劇では、舞台前に穴のようなスペース(ピット)を設けてオーケストラをそこに沈めて、映像と音声の正面性を確保したが、日本の伝統芸能は頑なに従来の舞台構造を引き継いできた。

もし、これを家庭で鑑賞するための映画やブルーレイにしたら、どうするでしょうか。

生(リアリティ)を尊重して、そういう音響音場定位を保つか、それとも、床の音声も正面フロントに定位させるか。

私だったら、正面にする。その方が集中できる。

伝統芸能の舞台構造のリアリティを持ち込む必然性を感じないし、映像にはクローズアップやカメラ位置の切り換えも大いにあるだろう。そうでこそ、映画などで観ることが客席鑑賞を超える利点も出てくる。だからむしろ音声音場は、正面にあって安定している方が聴きやすい。クローズアップは、現実の感覚は意識の領域であって物理的な近接映像ではない。だから音声はそのカメラ位置移動に同調する必要もないし、同調はかえって集中を阻害する。

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大スペクタクルの「日高川」では、床には九人の太夫、三味線が並ぶ。川を渡る場面では、向かって左手の御簾内から笛や太鼓の囃子方が賑やかに鳴る。こういう場面は、右左の立体音響を存分に表現して場面の大きさとその臨場感を体感させてくれるといい。

そんなことまで、客席であれこれ考えているのは、たぶん、私だけだと思います(笑)。





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2021年9月6日 14:15~
東京・千代田区 国立劇場
人形浄瑠璃 文楽 9月公演
第二部
「卅三間堂棟由来」
  平太郎住家より木遣音頭の段
「日高川入相花王」
  渡し場の段
(9列29番)
タグ:文楽
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