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ワグナー 「ニュールンベルクのマイスタージンガー」 (新国立劇場)

歌手陣、オーケストラいずれも充実した「マイスタージンガー」だった。

まずは歌手陣。

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ベックメッサーのアドリアン・エレートは、はまり役。2013年の東京春祭でもこの役を演じて大喝采を受けていた。もし彼の来日が中止になったらどうしようかとハラハラしたが、今回は舞台上でその芸達者な演技も冴えて健在ぶりを遺憾なく発揮。

ザックスのトーマス・ヨハネス・マイヤーは、堂々たる歌唱に加えて、演出が求める多面的なザックスの様相をよく表出していた。この演出がザックスに投射する人物像は、かなり複雑で単なる靴屋のマイスターではない。そのことはちょっと後で触れるけれど、そういう難しいキャラクターを見事に歌いきった。

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ヴァルターのシュテファン・フィンケも、後半にスタミナが切れかけて声が不安定だったが、その美声が醸す華やかさ、一本気さは魅力だった。個人的には、どうしてもクラウス・フロリアン・フォークトの歌唱が、時折、脳内に現れて邪魔をした。これは、前述の東京春祭の記憶のせいで、あくまでも「個人的」なお話し。

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ポーグナーのギド・イェンティンスも光る。重要な脇役にもこういう歌手がきっちりと舞台を引き締めるというのが、近年の新国立劇場の充実ぶりを示している。エーファの林 正子も大健闘。姿も良い。ある意味では、この演出を一番理解していたのは彼女なのかもしれない。

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ピットの都響も素晴らしかった。

冒頭の「前奏曲」こそ音もそろっていなくて演奏もやや荒削りでがっかりだったが、そこは指揮者の大野和士のマネジメントのせいなのだろう。大野は、「前奏曲」のようにオーケストラにとっても何度も演奏したはずのなじみのある曲は、団員に任せて手を抜くところがある。第一幕終段からぐいぐいと熱を帯び、音色もどんどん艶と輝きを増していく。こうやって聴いてみると、この楽劇でのワグナーの対位法的技巧の厚みの凄みのようなものに感嘆させられる。それぞれの幕切れに向かって、歌手たちの重唱もオーケストラの緻密重畳な響きも、まるで様々な色彩の分厚い油絵の具を塗り重ねていき爆発的な音響に達する、その興奮の頂点が凄まじい。それをこうまで見事に作り上げることができるのは、今の日本人指揮者では大野の他には居ない。

イェンス=ダニエル・ヘルツォークの新演出は、なかなかに含蓄があって周到かつ大胆。

この楽劇には、どうしてもナチスのニュルンベルク党大会のイメージがまとわりつく。

娘を競技会の懸賞に差し出すというポーグナーの宣言も、「たとえ神聖ローマ帝国が塵と藻屑の中に埋もれようとも、聖なるドイツの芸術は我々の手の内に残るだろう!」というザックスの大演説も、性的階級的抑圧と政治・軍事・文化に及ぶ排外主義を鼓舞するものにしか聞こえてこない。

そういう現代人の観衆にとって、この楽劇での前半の流れからしてどこか居心地が悪く、スムーズに後半へと流れ込んで行きにくい。明らかに伝統の集団的束縛と圧迫に反抗を貫こうとするヴァルター、懸賞に供されるという隷属から脱しようとするエーファ。その二人が、ザックスの超保守・全体主義の芸術至上主義へと予定的に調和していくことにはどうしても違和感を覚えてしまう。

この楽劇を熟知した手練れのファンであればあるほど、そういう違和感を抱いてしまうというのは、まさにこの演出家の企みなのではないか。なぜ、ザックスは、靴屋でありながら詩人のマイスターであり、さらに(この演出では)劇場の支配人でもあるのか。ザックス役のヨハネス・マイヤーはそういう矛盾に満ちた歌唱と演技をこなしながらよく演じていたのだと思う。それが幕切れで、ようやく氷解する。

パンデミックで世界が分断されているさなか、これだけ充実した公演を東京で観れることは素晴らしい。
 
 
 
 
 
新国立劇場
ワグナー「ニュルンベルクのマイスタージンガー」
2021年11月28日(日) 14:00
(2階1列33番)

【指 揮】大野和士
【演 出】イェンス=ダニエル・ヘルツォーク
【美 術】マティス・ナイトハルト
【衣 裳】シビル・ゲデケ
【照 明】ファビオ・アントーチ
【振 付】ラムセス・ジグル
【演出補】ハイコ・ヘンチェル
【舞台監督】橋尚史

【ハンス・ザックス】トーマス・ヨハネス・マイヤー
【ファイト・ポーグナー】ギド・イェンティンス
【クンツ・フォーゲルゲザング】村上公太
【コンラート・ナハティガル】与那城 敬
【ジクストゥス・ベックメッサー】アドリアン・エレート
【フリッツ・コートナー】青山 貴
【バルタザール・ツォルン】秋谷直之
【ウルリヒ・アイスリンガー】鈴木 准
【アウグスティン・モーザー】菅野 敦
【ヘルマン・オルテル】大沼 徹
【ハンス・シュヴァルツ】長谷川 顯
【ハンス・フォルツ】妻屋秀和
【ヴァルター・フォン・シュトルツィング】シュテファン・フィンケ
【ダーヴィット】伊藤達人
【エーファ】林 正子
【マグダレーネ】山下牧子
【夜警】志村文彦

【合唱指揮】三澤洋史
【合 唱】新国立劇場合唱団、二期会合唱団
【管弦楽】東京都交響楽団
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