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鈴木優人プロデュース/月に憑かれたピエロ (読響アンサンブル・シリーズ) [コンサート]

このところ、鍵盤演奏や指揮もこなし、古楽からロマン派まで幅広いレパートリーを縦横無尽、八面六臂の活躍ぶりの鈴木優人だが、その面目躍如ともいうべきアンサンブルコンサート。

もちろん、メインで注目は、後半の「ピエロ・リュネール」。

ちょっと昔の話しだけれど、3人に2人が、読んでもいない本を読んだと偽っているという調査結果が英国であったそうだ。

それによると、読んだとウソをつくベスト3は、

ジョージ・オーウェル「1984」
トルストイ「戦争と平和」
ジェームズ・ジョイス「ユリシーズ」

クラシック音楽では、見栄を張るとしたらシェーンベルグは筆頭候補かもしれない。

曲で言えば、この「月に憑かれたピエロ(ピエロ・リュネール)」。新ウィーン楽派といえども「浄夜」など濃厚なロマンチシズムな曲ならともかく、十二音技法を確立してからの曲は聴きづらい。それでも聞き流す分には鑑賞したふりもできるが、この曲は全体が3部21曲と長いし、シュプレヒシュティンメという聞き流すにはあまりに耳障りな要素が加わっている。それでも、長い間、一度でも生の演奏を聴いてみたいと思い続けてきた曲のひとつでした。

前半は、鈴木優人ならではのプロデュース。

ダウランドの「涙のパヴァーヌ」も、ヴィヴァルディによる「ラ・フォリア」も、オスティナート・バス上での変奏が延々と取り憑かれたように繰り返す「狂気」の音楽。つまりは、前半は後半の伏線というわけ。

デュティユーの「引用(“Citations”)が、この日の圧巻だったかもしれない。既存の作品の引用なのだそうだが、初めて聴いたのでその痕跡は感知できないが、オーボエとチェンバロ、コントラバス、打楽器という編成が、旅芸人的ミニマルなもので、そういうところが伏線なのだろう。第1曲での、憑依した巫女のような金子亜未のオーボエ。重音奏法などコンテンポラリーな技巧がふんだんで見事な巫女ぶり。第2曲では鈴木のチェンバロに続く金子泰士のパーカッションが凄みを見せ、第3曲ではコントラバスの大槻健がフラジオレット奏法を駆使して複雑なリズムとハーモニーでこの楽器の多彩な面相を遺憾なく発揮。これだけ聴いても、読響はスゴイ!と思う。

これですっかり、後半への心の準備が整ったというわけだ。

メインの「月に憑かれたピエロ」は、ほんとうに完成度が高かった。語りの日本語字幕の電光掲示が準備されているのは有り難いし、ステージ背景には、青い月の遠景がシンボリックに映し出されている。これが、曲の進行とともに肥大化していき黄色味を帯びていく。曲のクライマックスである第2部の「赤いミサ」「絞首台の歌」あたりでは血の色のように真っ赤に染まる。やがて、狂気は哀しみと孤独に静まるように再び青く縮小していく…。シンメトリックな全体構成に合わせたうまい演出になっている。

語りは、左手に立っていて中央の指揮者と視覚的に被らず、決して歌手と伴奏というロマン派的リートの伝統にこだわらない。あくまでもアンサンブルの一員という位置づけなのだろう。ステージ上には、指揮者、歌手、ピアノを含めた器楽奏者6人の合計8人が並ぶ。作曲者の指定は、フルートとピッコロ、クラリネットとバスクラリネットの持ち替えと同じように、ヴァイオリンもヴィオラと持ち替えで、本来、7名の演奏者を想定していたが、ヴァイオリンは對馬哲男、ヴィオラは冨田大輔とそれぞれが担当する。

ピアノの津田裕也がさすが。先日もトリオ・アコードで聴いて感心したばかりだが、シェーンベルクをかくも見事に演奏するとは思いも寄らなかった。冒頭の月の光が降り注ぐかのような情感は、まさに息を呑むほどに美しかった。

こういうプログラムの、正統にして超一級の演奏に出会えるのは、聴衆としても望外の幸せですが、一方で、演奏家としても幸せなのではないでしょうか。読響はスゴイ!と思うと同時に、団員もこのような演奏環境に恵まれて充実感を感じているに違いないと思うのです。

触発されて、ついこんなCDまで買ってしまいました。

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コパチンスカヤは、ヴァイオリニストとしてこの曲の演奏に参加しているうちに、どうしても自分で語りも担当したくなったのだとか。専門の声楽教師に教えも受け、ヴァイオリニストの余技・余興というレベルをはるかに超える。

声質は若く軽いが、それがかえって狂気に取り憑かれたピエロにうってつけ。いかにもコパチンスカヤらしい斬新で意欲的、エキサイティングな意匠が満ちあふれる。セントポール室内管との共演など、何度か公演を積み重ねて、満を持してのスタジオ・レコーディングだそうだ。



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読響アンサンブル・シリーズ
第32回 《鈴木優人/月に憑かれたピエロ》
2021年12月3日(木) 19:30~
よみうり大手町ホール
(16列 4番)

指揮、チェンバロ、プロデュース:鈴木優人○●◇
語り(シュプレヒシュティンメ):中江早希◇
ピアノ:津田裕也◇
ヴァイオリン:對馬哲男◇、外園彩香○、杉本真弓○
ヴィオラ:冨田大輔◇
チェロ:髙木慶太○◇
コントラバス:大槻健●
フルート:佐藤友美◇
オーボエ:金子亜未●
クラリネット:芳賀史徳◇
打楽器:金子泰士●

ダウランド(ファーナビー編曲):涙のパヴァーヌ ※チェンバロ・ソロ
ヴィヴァルディ:トリオ・ソナタ ニ短調 RV63「ラ・フォリア」○
デュティユー:引用 ~オーボエ、チェンバロ、コントラバス、打楽器のための~ ●

シェーンベルク:「月に憑かれたピエロ」 op.21 ◇

(アンコール)
シューベルト:「月に寄す」D.193
 中江早希(ソプラノ)、鈴木優人(ピアノ)

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