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「ベルリンに堕ちる闇」(サイモン・スカロウ 著)読了 [読書]

1939年、クリスマスを迎えようとする酷寒に凍てつくベルリンの闇を舞台にした、歴史サスペンスミステリ。

作者は歴史小説家で、これはその初のミステリ小説なんだとか。

ナチ党が権力を掌握し、病的なまでに疑心暗鬼を抱えた暗黒時代のドイツ。ポーランド侵攻後、ドイツと英仏は、妥協による和平か全面戦争かのぎりぎりの交渉を続けている。つまりは、背景となる時代そのものが不安、疑心、危機と緊張に満ちている。歴史の舞台がサスペンスそのもの。

若い女ばかりを狙う凶悪な鉄道連続殺人事件。

ベルリンのSバーンの線路わきで発見された最初の死体はナチ党の最高幹部とかかわった元女優。主人公のシェンケは、警察の刑事だが、ナチ高官からの直接の命令で管轄地域外で起きたこの事件を担当させられる。彼が非党員で、党内組織や派閥に属していない中立的立場だったからだ。捜査は難行するが、犯行から危うく難を逃れた女が現れる。それは亡命した両親から取り残されたユダヤ人の娘。重要な証人と物証を得て捜査は一気に犯人に迫っていく。果たしてこの連続殺人鬼の正体は…?

全体主義は、イデオロギーや政治思想により合一的に運営され、効率的で実行力の高い政治体制だと思われがちだが、そうではない。ナチズムには思想的な一貫性がなく訴求力もなかったから、政権の内情は、実は、派閥に分裂し反目し合っていた。リーダーの機嫌を取るには命令に先んじて意趣に従うことが求められる。恐怖を匕首に、ありとあらゆる特権に群がり、奪いあう。ナチス・ドイツとは、結局、ありとあらゆる腐敗と脅迫により、ばらばらに分断されてきしみをあげる泥棒政治体制だった。

権力掌握後、ナチ党は、あらゆる局面で社会を牛耳るようになる。刑事警察にも、親衛隊(エスエス)傘下に秘密警察(ゲシュタポ)が保安警察の一部局として介入してくる。一介の警察官であろうと入党しなければ、出世はおぼつかないどころか、ナチ批判者だと疑われ、常に監視、服従の圧力を受ける。党を批判をすれば収容所に送られるか、処刑すらされかねない。

主人公のシェンケは入党を拒否しているが、それを表だって露わにはできない。警察の使命に忠実であるという原則で身を守ろうとしても、ナチス高官の専横を避けることは不可能だ。しかも、党組織そのものも、派閥に分断されていて、誰が誰とどう対立しているかもわからない。監視、介入、干渉、盗聴、密告、漏洩、裏切り…。まさに疑心暗鬼の闇というわけだ。

真相の追究と保身の不安が最後までせめぎ合い、まったく息つく暇もない。ネタバレになるので書かないが、最後の最後まで緊迫が続くなかで意表をつくどんでん返しも用意されている。ゲシュタポから派遣されていきた若い軍曹がちょっとほっこりしていて、こういうところが英国人作者のウィットとユーモアなのかなとも思う。

読者までも疑心暗鬼にさいなまれ、先が気になってやめられない。読み応え十分の傑作歴史ミステリ。


ベルリンに堕ちる闇_1.jpg

ベルリンに堕ちる闇
サイモン・スカロウ
北野寿美枝 訳
早川書房
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