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バッハと紡ぐ未来 (大塚直哉レクチャー・コンサート) [コンサート]

大塚直哉さんが、2018年以来続けているレクチャー・コンサート「オルガンとチェンバロで聴き比べるバッハの“平均律”」の最終回。

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第2巻から、最後の6曲をオルガンとチェンバロで聴き較べ、そこに秘められたバッハの思いについて語る。バッハの音楽をめぐって、しばしば登場するのが「自筆譜」です。“平均律”第1巻は、その自筆譜が存在しますが、第2巻には最終稿が残っていません。自筆稿として唯一、現存するのが《ロンドン写本》。

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その自筆稿を所蔵している大英図書館(The British Library)のあるロンドン在住の作曲家・武智由香さんがゲスト出演。現在の状況から、ご自宅からのリモート出演ということになりました。そのご自宅は、ロンドンの中心にあってバッキンガム宮殿のすぐ近くだそうです。

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バッハの平均律は、オクターブを12等分した「十二平均律」というように音律のことが言われますが、むしろ、バッハの本意は、その平均律の鍵盤によって24の調性すべてを網羅するということだったといいます。それは、19世紀のロマン派の調性音楽の多彩な世界の扉を開き、やがてはワーグナーの“トリスタン”に象徴される調性の崩壊へと続き、ついにはシェーンベルクらの無調、十二音技法へとつながっていくというお話し。

「音階」というのは、全音と半音とで構成され、ヨーロッパ近代音階はミとファ、シとドの間に半音があります。その半音がどこにあるかで調性が決まる。バッハは、その音階を駆使している。それは連続した音符として頻繁に登場し、あるいは小節の拍節を飛び石のように登場させたりもします。そういう音階をずらしたり呼応させたり、あるいは鏡の像のように上下を反転させたりと秘術の限りを尽くす。それが、この最後の曲では顕著であり、特にそのフーガは極めて技巧的。

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それは楽譜を視覚的に見るととても構造的によくわかるのですが、演奏家や作曲家からすれば、そこに情感の多彩さを編み出す技術としても、指先の快感としても、単なる造形的な技巧を超えたものがあるというお話しです。自筆譜には、それを作曲家自身が楽しみ表現の一部として自身の筆致そのものがあるとさえ言えるほど。そのことは、現代音楽の譜面(すなわちそれは自筆で書かれているわけですが)にも共通するそうです。

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(武智さんの自筆譜)

最後の6曲は、イ長調・イ短調から変ロ、ロ調へと続きます。変ロ短調では♭が5つにまで増えて、それがロ長調になると5つの♭が♯へと突然に転換するのも面白い。ロ長調というのは、半音が多くて目が眩惑されますが実は奏者にとっては黒鍵と白鍵がちょうど指の長さになじむので弾きやすいのだそうです。

その音階に頻繁に半音を登場させるバッハ。

半音は、転調、移調のきっかけにもなるのですが、臨時記号が頻発すると次第に自分がどんな調性に位置しているのかが判然としなくなってくる。そういう調性崩壊をすでにバッハの作曲技法は見通していたというのです。第20番のイ短調でも頻繁にその臨時記号が登場します。ただでさえ調性そのものの半音記号の多い第22番の変ロ短調ではそういう調性崩壊の先がけのような複雑な意匠があって重厚さが増していき、特にフーガではそれが見事です。

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これら最後の6曲の調性の主音は、A→B→Hとなります。これは調性主音の根源であるCからは一番遠ざかり、そして最も近接していくということでもあります。本来、BでありB♭であるべき音名がなぜドイツ語では、Hであり、Bなのかは諸説あるようですが、いずれにせよ、ここにはBACHというバッハの名前が埋め込まれているのも何やら因縁めいています。

最後のロ短調にはどこか、未来へと拓けているような拡がりを感じると大塚さんは言います。確かに、ロ短調はバッハの大作によく登場しバッハが何かを訴えているような調性なのかもしれません。

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武智さんの新作は、そういうどこか前方へと視界を拡げるような曲調のバッハへのオマージュ。プレリュードにはフーガが続くはず…との大塚さんの問いかけに、武智さんは肯きながらさらに「BACH」の音名テーマの曲もぜひいつか手がけたいと応えていました。

次回は、バッハの若い時代の作品とともに楽譜に使われた“紙”をテーマに企画するというとのこと。これもまた楽しみです。



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大塚直哉レクチャー・コンサート
 オルガンとチェンバロで聴き比べるバッハの“平均律”
Vol.7 バッハと紡ぐ未来
2022年2月6日(日)14:00~
彩の国さいたま芸術劇場 音楽ホール
(1階 B列9番)

大塚直哉(演奏・お話し) チェンバロ、ポジティブオルガン
武智由香(作曲家・対談 ロンドンからリモート出演)


J. S. バッハ:《平均律クラヴィーア曲集第2巻》より
 第19番イ長調BWV888
 第20番イ短調BWV889
 第21番変ロ長調BWV890
 
【対談1】バッハの魅力―作曲家と演奏家の視点から 武智由香&大塚直哉

 第22番変ロ短調BWV891
 第23番ロ長調BWV892
 第24番ロ短調BWV893

【対談2】バッハと紡ぐ未来 武智由香&大塚直哉

【彩の国さいたま芸術劇場委嘱・初演】
武智由香:Bach Homaggio ― Prelude I(2022)
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