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モスクワから来たエルザ (東京春祭 「ローエングリン」) [コンサート]

コロナ感染症拡大で2年続きで中止となっていた東京春祭のワーグナー・シリーズ3年ぶりの上演。というよりも、このシリーズにマレク・ヤノフスキが5年ぶりに帰ってきたということの方が、私にとっては大事。

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そのヤノフスキの《演奏会形式ワーグナー》が、従来以上のバージョンアップで炸裂した。

そもそもヤノフスキの指揮は、極めて交響曲的で実直で剛健。そのことで、ともすればその快速テンポや厚みを欠く和声バランスなどの恨みもないではなかった。シリーズの間にN響はヤルヴィの下で進化していったが、5年前にはあとひと息という完成度という印象もあった。その後の5年というブランクがかえって功を奏したのか、凄まじいまでの交響的音響で《演奏会形式》であることの意義が最大限に発揮された。

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今回は席を4階左側バルコニーの最前列にとった。事情通によれば、東京文化会館は、上階のバルコニー席、なかでも4階席で聴くアコースティックが最上だといわれている。直接・間接の音響バランスが最善で、音がよく届いて音響パースペクティブも大きい。安価な4階席が音が良いというのは不思議だが、このことも《演奏会形式ワーグナー》の凄みを堪能できた大きな要因かもしれない。

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歌手陣では、まずもってエルザ役のオオストラムが素晴らしかった。声量もあって透明な美声はよく伸びて純情な王女を熱演。急遽の代役だったが、ウクライナ侵攻開始時にモスクワのボリショイ劇場で同役を演じていて、そのまま駆けつけてきたのだろう。思い込みの強さで自滅していく王女にふさわしい才色兼備の金髪の美貌のソプラノは強い印象を残した。

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オルトルートのアンナ・マリア・キウリも、直前になって急遽代役に立ったが、すでに初台の新国立の舞台には何度も登場していてその実力ぶりはよく知られている。大変な熱唱で妖女を演じていた。

このソプラノとメゾの歌唱の力もあるのか、歌劇場ではどちらかといえば中垂れしがちな第2幕が、今回はがぜん面白かった。第一幕、第三幕に較べると、よく知られた曲もなく見せ場もない。けれどもワーグナーの管弦楽技法の深層にある心理描写が、4階から見下ろすオーケストラにはよく見えた。この歌劇にもワーグナーならではの、室内楽的精妙さと大編成オーケストラの大音響が交錯するが、ことにこの第2幕は聴きどころが多い。舞台裏の大編成のバンダ、あるいはオルガンなどが効果を上げているのも第2幕。こういう立体的な音響を存分に楽しめるのも《演奏会形式》ならではのこと。

大音響という面では、場面転換の間奏やハインリヒ王の登場などで大活躍するバンダのトランペットが強烈な印象を与えた。そればかりでなく、本来の3管編成大オーケストラのトゥッティでもヤノフスキは容赦ないほどまでに鳴らす。このオープンな大音量に合わせて歌う歌手陣も大変なことだと思ったが、何とか第3幕まで声のスタミナを切らさなかった。そういうリスクもとって歌いきったタイトルロールのヴォルフシュタイナーなど、歌手陣の健闘を大いに称えたい。東京オペラシンガーズは、感染症対策のためか間隔を空けての合唱で人数も少なめに見えたが、いつもながらの素晴らしい合唱だった。

従来は、背景に大きな象徴的映像を映し出したり、歌手の配置も舞台後方や客席からの登場など、演出色が強かったが、今回の演奏環境にはそういう企画性の強いけれん味は一切無い。そのことで、かえって無理な演出解釈に煩わされることもなくワーグナーの創作意図をむき出しにできる。こうした質実な環境のおかげで、ヤノフスキも思い通りの演奏ができたのではないだろうか。

N響の演奏も、自信に満ちた若々しさがあった。バイロイトやウィーン、ミュンヘンなどの劇場のワーグナーのような熟達と豊穣さとは違った、若駒のような精気溌剌とした演奏だった。ヤノフスキの指揮とともに、そのバトンさばきに存分に応えたN響に対して最大限の賛辞を送りたい。





東京・春・音楽祭2022
東京春祭ワーグナー・シリーズ vol.13
《ローエングリン》(演奏会形式/字幕付)
2022年3月30日(水)17:00~
東京・上野 東京文化会館大ホール
(4階L1列15番)

指揮:マレク・ヤノフスキ
ローエングリン(テノール):ヴィンセント・ヴォルフシュタイナー
エルザ(ソプラノ):ヨハンニ・フォン・オオストラム※1
テルラムント(バス・バリトン):エギルス・シリンス
オルトルート(メゾ・ソプラノ):アンナ・マリア・キウリ※2
ハインリヒ王(バス):タレク・ナズミ
王の伝令(バリトン):リヴュー・ホレンダー
ブラバントの貴族:大槻孝志、髙梨英次郎、後藤春馬、狩野賢一
小姓:斉藤園子、藤井玲南、郷家暁子、小林紗季子
管弦楽:NHK交響楽団(コンサートマスター:白井圭)
合唱:東京オペラシンガーズ
合唱指揮:エベルハルト・フリードリヒ、西口彰浩
音楽コーチ:トーマス・ラウスマン
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