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「mRNAワクチンの衝撃」読了

ファイザーワクチンを、わずか11ヶ月で実用化させたドイツの小さなバイオ・ベンチャーのビオンテック社に密着した迫真のドキュメンタリー。

とにかく面白い。

ファイザーワクチンの実体が、実はこの小さなベンチャー企業だということにも驚いたが、その会社を率いる夫妻が、トルコ系移民のイスラム教徒だということにも驚く。その二人が最先端の医療分野をひたむきに走りながらも、新型コロナウィルスの世界規模の大感染のわずかな予兆を逃さず開発に賭けた医学的信念にも感動を覚える。

mRNAワクチンの衝撃は、なんと言ってもその開発スピードにあったと思う。エズレムとウールの夫妻がそのことに確信を持ち、強い使命感につき動かされて邁進した成果だ。驚異的な開発スピードにもかかわらず、安全性や効果を証明するための段階を踏んだ臨床試験や実用化に向けた手続きをいささかも省略していない。政治な思惑や圧力を利用するどころか、常にそうした俗物たちの干渉を遠ざけていたという経緯を知ると、これは単なるサクセスストーリーでもない。

そもそもmRNAワクチンとは何か?

解説書に堕することなく、あくまでもドキュメンタリーに徹しているので、かえって遺伝子工学の難解さに阻まれることなく、その「医療のゲームチェンジ」の衝撃がストレートに伝わってくる。

ビオンテックは、そもそも、ガン治療としての免疫療法としてmRNAワクチンに取り組んでいたという。

ガン患部を切除したり、増殖を阻む化学医薬や放射線療法ではなくて、身体の免疫力をガン細胞に向けて動員しそれを撃滅していこうというのがmRNAによる免疫療法。mRNAは、体内に入るとガン細胞と同じ構造のタンパク質に形成し、それに対する免疫反応を起こさせる。いわば攻撃目標の手配書(人相書)を体内免疫の攻撃部隊に伝えるメッセンジャーの役割を果たす。病原体を弱化した従来のワクチンとはちがってそれ自体には感染力は無いし、役割を済ませば消えてしまうの遺伝子組み換えが体内細胞に影響を与えるといった心配はない。

ガン細胞というのは、同じ病気であっても人それぞれによって構造が違っている。免疫療法といえども、それぞれの身体のガン細胞を抽出し特定して正確な手配書を作る必要がある。患者それぞれにワクチンを作る必要がある。それはガン進行との時間の戦い。mRNAワクチンの開発はそもそもそういうスピードとの勝負だった。ビオンテックは、そういう適性に着目し、急速かつ大規模な感染症に対してもmRNAは大いなる武器となると確信したのだという。しかも、無症状者による感染拡大の規模と速度の怖ろしさを最初から見逃さなかった。

ワクチンそのものの量産の難しさや、その具体的なボトルネック、あるいは流通配送に立ちはだかる冷凍保存の問題など、それをめぐっての政治的な迷走など、読者にとってもまだ生々しい記憶だが、その背景がよくわかる。そうだったのかと膝をたたくこと数え切れない。

登場人物とその日常に間近に寄り添ったドキュメンタリーはオンタイムでリアル。登場する人々の多様性は、人種、国籍のみならず学術の境界を越えて広がる。そのライフスタイルも新鮮。まさに開発は昼夜を分かたずの「光速(ライトスピード)」だったのに、そこに貢献した人々はブラック企業の抑圧とは正反対のところで生きている。

サクセスストーリーは、読後が爽やかであることは間違いないが、ともすれば現実とのギャップに読後感は嫌な気分も尾を引きがち。本書には、感染症の災厄が残した深刻さにかかわらずそのようなものが無い。医療進化への確かな希望を抱かせる。

本書自体も、大変スピーディな発刊だ。しかも、訳もこなれていて、分業とは思えないほど統一性が取れている。さすが早川書房の翻訳陣だと感心した。




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mRNAワクチンの衝撃
  コロナ制圧と医療の未来
原題=THE VACCINE

ジョー・ミラー with エズレム・テュレジ、ウール・シャヒン (著)
柴田 さとみ、山田 文、山田 美明 (訳)
石井 健 (監修)

早川書房

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