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「帰りたい」(カミーラ・シャムジー 著)読了 [読書]

イギリスのパキスタン系移民のふたつの対照的な家族が、互いに交錯するなかで悲劇的な結末を迎える。一方は、父親がアフガンのテロリストとされて監視と差別のなかで生きづらい毎日を送るインテリの姉とその双子の妹弟。一方は、富裕な白人を妻として移民社会を裏切ることで内務大臣にまで登り詰めた男とその息子。日本人の私たちには想像もつかない状況のなかで物語は舞台を大きく広げて展開し、衝撃のラストを迎える。

作者は、パキスタンのカラチ生まれ。米国ハミルトン大学創作科卒業後、マサチューセッツ州立大学でファインアート修士号を取得。作家デビュー後、英国に移住し英国籍を取得している。本作は七作目で2017年のブッカー賞最終候補、翌年には女性小説賞を受賞している。

物語は、章を分けて登場人物のそれぞれの一人称で語り継がれていく。視点が変わることで、次第に真実が明らかになり、同時に、複雑な移民社会の感情の行き違いも見えてくる。物語の始まりは、アメリカ東岸の大学へ研究生として出発する空港で、散々なチェックを受けて予定のフライトに乗り遅れるシーンから始まる。この日常的で既視感のある情景に胚胎する苛立ち、諦めかけた怒りのようなものが、大きな伏線となって次第に肥大していく。実際、この空港検査の屈辱は作者自身の実体験であり、この小説を書くきっかけとなったという。

そういう静かだが、どこかまがまがしさをはらむ日常的な始まりから、次第にギリシャ悲劇的な壮大な歴史劇へと拡大していくダイナミックスも見事。

日本人の私たちの肌感覚では、その深層はすぐには伝わってこないのだが、それでもこの小説の構成の巧みさに導かれて、今のイギリスの移民問題、ムスリムへの偏見と差別などのシリアスな実情が見えてくる。

イギリスの俗語や、ムスリムの慣習や独特な言葉などには具体的で丁寧な注がつけてある。訳者は、直接、作者と丁寧なやりとりを重ねたということで、翻訳はとてもこなれていて、しかも、適切な注に助けられイギリスの肌感覚も少しずつ身についてくる。翻訳として出色の仕事。


帰りたい_1.jpg

帰りたい
カミーラ・シャムジー 著
金原端人・安納令奈 訳
白水社

(原書)
Home Fire
Kamila Shamsie
Bloomsbury Publishing PLC

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