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濃密な時 (田部京子 ピアノリサイタル) [コンサート]

田部京子さんが、浜離宮朝日ホールで続けているドイツ・ロマン派のリサイタルシリーズ。そのシューベルト・プラス・シリーズもいよいよ最終回。

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これまで取り上げられた作品の中から、田部さん自身が最終回に聴いてもらいたいと特別にセレクトされた3曲。シューベルトのD960のソナタを最後にすえて、ブラームス、ベートーヴェンの最晩年の作品を並べるというプログラムは、いかにもありそうだけれど、やはり滅多に無いのではないでしょうか。それだけの覚悟が必要なプログラムだからです。

聴き手にも威儀を正させるような重みのある作品が続くわけですが、田部さんの演奏はそういう権威的なものは少しも感じさせません。客席のファンも田部さんとずっとシリーズを通じて音楽を供にしてきたわけですし、田部さんにとっても再演にふさわしいセレクションという自負もある選曲だからでしょう。誰にとっても万感の思いが湧き出すような豊かな感情の泉ともいうべきリサイタルでした。

最初のブラームスから、そういう豊かな情感、回想と夢想、末期にあってはちきれるような多幸感があふれている。入念な準備を感じさせる、沈着な譜面の読み込みと確固たる解釈と表現、そこから醸し出される高い格調。素晴らしい滑り出しです。

確然たる解釈ということでは二曲目のベートーヴェンが見事でした。ハ短調の冒頭はまさにベートーヴェンのハ短調。晩年に行き着き没頭したフーガの緊迫感。苦悩との闘争を経て歓喜に至るという、克己の末に見えてくる春光、無我の祈り。いかにも田部さんらしい平明な表現ながら、いつも以上に確固たる強い打鍵と美しく磨かれた透明なタッチとのコントラストが素晴らしかった。

最後のシューベルト。

この曲は、田部さんにとってはもう何度も弾いてきた作品。CDデビュー間もない頃から何度も取り組んできた、いわばオハコ。そのなかでもこの日の演奏は、その感情の表情の深み、多彩さで、いちばん素晴らしかった。深淵へと沈み込みが一段と深く束の間の陽光のような光が暖かく、諦めと希望や祈り、そうしたものを映し出す陰と陽の明滅、漂う明暗の移ろいも、すべての起伏が繊細でしかも心に染み入るよう。ふたつの楽章を終えると、ともすれば付け足しのような違和感さえ感じることがある後半の二楽章にも情感が豊かで、そのスケールの大きさがいちだんと感動的でした。

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田部さんから、この最終回のリサイタルに寄せられたメッセージにあった3人の大作曲家の『人生の濃密な時』をまさに感じさせてくれる演奏でした。

私の前の列には、作曲家の吉松 隆さんが座っていました。前半は私の横のほうに座られたのですが、休憩時に係員にこちらの席ですよと案内されて杖をつきながら照れたように笑みを浮かべて中央通路前の席に移られたのです。

最後のアンコールは、その吉松さんの編曲による「アヴェ・マリア」でした。



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シューベルト・プラス 第10回
田部京子ピアノ・リサイタル
2022年12月4日(日) 14:00
東京・築地 浜離宮朝日ホール
(1階 10列11番)

ブラームス:4つの小品 Op.119
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第32番 ハ短調 Op.111

シューベルト:ピアノ・ソナタ 第21番 変ロ長調 D960 

(アンコール)
シューベルト:即興曲 第3番 変ト長調Op.90-3 D 899
シューベルト:「アヴェ・マリア」(編曲:吉松 隆)

タグ:田部京子
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