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「東州しゃらくさし」(松井今朝子 著)読了 [読書]

東洲斎写楽といえば、ほんの10ヶ月だけ役者絵や相撲絵の傑作を数多くを手がけて駆け抜け、あっという間に姿を消した謎の絵師。

その正体については様々に推測されていきて、阿波徳島藩お抱えの能役者だとか、絵師・歌川豊国、葛飾北斎の別名説、あるいは戯作者でもあった山東京伝、十返舎一九ではないかと多くの人物が当てられるが、未だに定説はない。

蔦屋重三郎ほどの版元が当てた逸材で、しかも、初版は雲母摺(きらずり)とたいそう力の入った版物だった。現代に至るも大人気で、その人物描写の画風は前代・後代から隔絶した個性を強烈に放っている。当時から人物は不特定で、それがあっという間に姿を消してしまったのだから、その謎に挑むことはちょっとした推理小説となる。

その正体に挑むのは、正統な学説から著作家のエッセイ、小説仕立ての時代ものなど多岐にわたって楽しませる。ところが、あれだけの歌舞伎役者絵を残した絵師の謎解きに、かんじんの歌舞伎通が不在であることが惜しまれてきた。

著者は、早稲田大学で演劇を学び、松竹で歌舞伎の企画・制作でもまれた後、フリーとして歌舞伎の台本等も手がけた歌舞伎通。それだけに歌舞伎や役者の故事来歴がてんこ盛り。これまでの「写楽もの」に一石を投じるユニークな時代小説。

全編を貫くキーマンは、歌舞伎狂言作者の並木五兵衛(改名して、後の初世 並木五瓶)。上方で活躍したが、三代目澤村宗十郎の招聘で江戸都座に下った。上方の写実合理性を奔放な江戸歌舞伎に融和させた点を高く評価されるが、江戸に下った当初には手痛い挫折も味わう。

小説は、誰が写楽なのかという謎解きよりも、この五兵衛の挫折が主軸になっている。それはまた、上方と東州・江戸の気質の違いでもあり文化気風のぶつかり合いでもある。その切実さは、さすが京都出身の著者ならでは。

三代目 瀬川菊之丞.jpg

これにまた、江戸と上方を行き来した役者の三代目 澤村宗十郎や、もともとは上方出身の女形、三代目 瀬川菊之丞が、濃厚に絡んでくる。もちろん彼らは写楽が描いた役者たちだ。この小説は、写楽ものとは言いながら、実のところその正体は歌舞伎における上方と江戸(東州)の文化の確執と挫折の物語なのだと言っていいのではないか。

とにかく歌舞伎というもののピクチャレスクでインテレクチュアルな世界が、濃厚で華麗に繰り広げられる。その知識には圧倒されるし、語彙や言い回しが豊富で、文をそのまま口ずさめば、それはそのまま歌舞伎の世界に入り込む。

写楽の謎解きを期待した向きは、ちょっと裏切られた思いがするかもしれない。写楽の絵そのものの面白さというものもいささか希薄。役者たちの存在感があまりに濃厚過ぎて、誰が主人公なのか、そういう人物像としてのプロットが複雑でわかりにくいというのも、著者の歌舞伎への造詣の深さがあまりにも濃厚だからかもしれない。


東州しゃらくさし_1.jpg

東州しゃらくさし
松井今朝子
PHP研究所
( 幻冬舎時代小説文庫にて文庫化)
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