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呼吸するように歌うチェリスト 上野 通明 (芸劇 名曲リサイタル・サロン) [コンサート]

いきなりたった一人のプレリュード。

それだけでもう満席の聴衆を魅了させてしまいます。分散和音の初めの音を少しだけアクセントをつけて引っ張る。そのタメがアウフタクトになって情感のこもった分散和音が連なる。まるで呼吸するように歌う。しかもたっぷりと。

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またもすごい若手チェリストが現れたものです。

次々と現れる日本の若手チェリスト――技術も確かで驚くほど安定していて、音も甘く艶やかで、中高音の美音が持ち味の軽めで若々しいリリコスピント――そんなところが、若い世代のチェロに共通しているように思うけど、上野はとびきりよく歌う。しかもとても胸底の深いところからため息のように呼吸する。その歌と息の深さが、他の同世代日本人チェリストと違う。これだけ音価の振幅を大きく取るバッハは、マイナルディとかちょっと遡った世代の南欧のチェリストを想起させます。

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それがぴたりとはまるという印象を受けたのがシューマン。息の長い延びのあるロマンチックなメロディはとても心地よい。チェロの名曲だけれど、これは傑出した演奏を聴いたという充足感がありました。

最後のラフマニノフも、この若いチェリストの幅の広さを堪能させてくれました。本人が訥々と語ったところでは、交響曲第1番の失敗で心傷ついた若い作曲家の心情が立ち直った証のような曲なんだとか。そういえば若林顕さんだったか、チャイコフスキーを敬愛してやまなかった作曲家が、その死によって後ろ盾を失いペテルブルク派のいじめにあっていたというようなことを言っていた。

個人的には、アレグロ・スケルツァンドがとても印象的。ある種の道化と敵を揶揄するような心の棘をはらみながら、とても劇的で自己克服的な曲。ピアノの實川が、ここぞというところでラフマニノフのピアニズムを炸裂させてチェロとのインタープレイを好演。上野が「きれいな音」と惚れてデュオを組んでいるということがうなずける。このピアニストの新境地と言ってもよいのかもしれない。

このシリーズでは、珍しい時間超過のアンコールは、グラズノフの「吟遊詩人の歌」。

もともとは管弦楽とチェロのために書かれた曲。ロストロポーヴィチと小澤征爾との名録音があります。實川はとても控えめであくまでも上野のアンコールとして、彼が朗々とした息の長い歌を歌うに任せていた。なんて長い息なんだろうと聴き惚れました。

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芸劇ブランチコンサート 名曲リサイタル・サロン
第18回 上野 通明
2023年1月25日(水)11:00~
東京・池袋 東京芸術劇場コンサートホール
(1階P列18番)

J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番 ト長調 BWV1007より プレリュード
シューマン:幻想小曲集 op.73
ラフマニノフ:チェロ・ソナタ ト短調 op.19

チェロ:上野 通明
ピアノ:實川 風
ナビゲーター:八塩圭子
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