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ヴェルディ「ファルスタッフ」 (新国立劇場) [コンサート]

素晴らしいプロダクションで、このオペラをこんなに楽しめたことは今までにないことでした。

「ファルスタッフ」といえば、数多いヴェルディの名作オペラのなかでも最晩年の傑作と言われています。先般の日経新聞「私の履歴書」でリッカルド・ムーティが『彼(ヴェルディ)が80歳になってもイタリアの作曲家の中で最も革新的だったことがわかる』と、何度も言及しているし、古くはトスカニーニも傑作中の傑作と言っていて、その評価はすでに常識化しています。

ところが、個人的にはそのことがなかなか実感できなかった。自分が初めて、直接、相対したのは、シカゴ響の演奏会形式での上演。タイトルロールがギジェルモ・サラビアというメキシコ出身のアメリカ人だったが、陽気な女房たちはカーティア・リッチャレッリ(フォード夫人)、クリスタ・ルードウィッヒ(クイックリー夫人)、アン・マレー(ページ夫人)と豪華で、ナンネッタが当時売り出し中のキャスリーン・バトル。指揮もショルティだから、悪かろうはずがない。もちろん、九重唱とかフーガとか、その颯爽たる大アンサンブルの音楽技巧には圧倒されたけれど、オペラとしては脈絡も人間味も何もない、ただのせわしないドタバタにしか思えません。その後、METライブビューイングも含めてステージを何度も観ましたがどうもぴんとこなかったのです。

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それが、今回の上演でぱっと霧が晴れるような気がしました。

なぜ、そいういうことが起こったのか?

自分でもよくわかりません。ひとつは舞台上の視覚的な立体感と、転換のテンポのよさ。歌手たちの、歌唱ばかりでなく、細かな仕草も含めた演技のアンサンブルが実に見事だったこと。演出が、あえて時代的翻案などをしない写実主義的な演劇リアルで的確な感性とユーモアにあふれていたことなどがあげられるのかもしれません。しかも、立体的な演劇(演出)が音楽的なアンサンブルと極めて高い同調性を発揮したこと。それはとても高度な多次元的な同調だったのだと思えるのです。

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実際、演出のジョナサン・ミラーは、

「伝統的なしきたりに則った舞台の中でのみ花開き、何らかの理論をはてはめようと試みても、受け付けない」
「現代の批評家が好む〈コンセプト〉とは無縁。ドイツに始まった〈コンセプト〉に基づく演出、意図的に観客の期待を裏切ったり、露骨な性描写を多用するやり方には興味がありません。…人間同士のやりとりにこそ真実があるのです」

と語っていました(プログラムの過去インタビュー再掲載)。

ミラーの演出は、この新国立劇場での定番になっていて何度も繰り返し採用されていたのですが、どうも今回の上演が最大級の成功を収めたようです。そのことの要因が何なのかは、これまた私には不明なのですが、とにかく素晴らしく活き活きとしていて観るものをわくわくさえる傑作上演だったことは確かです。客席は大騒ぎでした。

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ですから歌手も、いちいち個別に言及するのも無意味に感じるほど素晴らしかったとしか言いようがありません。ひとりひとりの歌唱や容姿、演技をあげて言うことより、そのアンサンブルの素晴らしさを褒め称えたいと思うのです。あえて言えば、あれだけの演技上のアンサンブルとアイデアを仕上げた舞台監督、演技指導にブラボー!

もうひとつだけ、特筆したいのはオーケストラ。

今回のピットは、いつもの東響なのですが、とにもかくにも腰が抜けるほど驚喜する思いがしました。緩急や強弱のコントラストが素晴らしく、音にスピードがある。特に木管のアンサンブルが素晴らしく、ソロも単に上手下手ということを超えて舞台上の歌手たちと対話するかのように豊かに「演技」する――そのことに驚喜したのです。器楽と歌唱の対話がこの上なく楽しかった。指揮のコッラード・ロヴァリースは見たところ、実に淡々と指示するだけに見えましたが、それだけオーケストラに信頼を置いていたのでしょう。日本の歌劇場のオーケストラがこんな風に本場の名門歌劇場を上回る演奏をしてくれるなんて!

早くも、今年のマイ・ベスト間違い無しと思わせる体験となりました。



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新国立劇場
ヴェルディ 「ファルスタッフ」
2023年2月18日 14:00
東京・初台 新国立劇場 オペラハウス
(1階4列12番)

【指 揮】コッラード・ロヴァーリス
【演 出】ジョナサン・ミラー
【美 術・衣 裳】イザベラ・バイウォーター
【再演演出】三浦 安浩
【照 明】ペーター・ペッディニック
【舞台監督】高橋 尚史
【プロンプター】飯坂 純
【演出助手】上原 真希/根岸 幸

【ファルスタッフ】ニコラ・アライモ
【フォード】ホルヘ・エスピーノ
【フェントン】村上公太
【医師カイウス】青地英幸
【バルドルフォ】糸賀修平
【ピストーラ】久保田真澄
【フォード夫人アリーチェ】ロベルタ・マンテーニャ
【ナンネッタ】三宅理恵
【クイックリー夫人】マリアンナ・ピッツォラート
【ページ夫人メグ】脇園 彩

【合 唱】新国立劇場合唱団
【合唱指揮】三澤洋史
【管弦楽】東京交響楽団

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