「戦国日本の生態系」(高木 久史 著)読了 [読書]
「生態系(エコシステム)」などという表題から、環境考古学など生物学、地質学などの自然科学的分析成果を取り込んだ、学際的な近世史研究かと思ったが、実のところは、純然たる文献史学。それは文字記録をもとに史実を復元しようという、歴史研究の王道なのだが、本書の視点は大きく異にする。
歴史というのは、いわゆる「英雄達の選択」的な支配層の足跡になりがち。本書は、地方に埋もれがちだった徴税記録や訴状や判物(はんもつ)などを丹念に読み解き、地域経済の成り立ちを再構成し、庶民の生業を浮かび上がらせようという試み。
対象は、越前の最西部、越前岬から若狭湾に接するごく狭い地域。丹生山地の山腹急斜面が直接日本海に臨む地形で、海食崖が連なる景勝地として知られる。豊かな海と森深い山が近接した狭小地であり、本街道からはずれた僻地。同時に、敦賀という近江、京につながる集散地の背後地でもあった。
ここで再現される近世の姿は、従来の米作中心の経済とはまるで違う。庶民の生業は、稲作ばかりではなく雑穀類など農作物は多様で、塩業、漁労、森林伐採、ススキなど茅材の栽培などの一次産業から陶芸、漆工芸など二次産業へと多岐にわたる。兼業、副業、分業も進んでいた。米作中心主義がともすれば決めつけがちな「農閑期」のイメージとはおよそ様相が違う。例えば陶芸といっても、当初はすり鉢など生活必需品が主だったが、燃料木材に恵まれたこの地域は、江戸初期には亙の生産も盛んになる。南加賀の赤瓦(技術的ルーツは島根の石州亙)は、この地方で盛んに作られて茅葺きを置き換えていく。
戦国武将や織豊期大名などの支配層の徴税徴用も多品目、多種多様で決して年貢米一辺倒ではない。近世の地域経済は、一定の自由経済圏を持ち、決して時給自足ではなかった。そこにはそうした多様な生業を営む庶民と支配権力との間に絶妙な駆け引きがあって、独占権などの特権の安堵とその反対給付としての貢納と労務や運輸などのサービスの提供があったという。庶民はなかなかしたたかだったというわけだ。
文献史学といえども、資料のスポットライトのあて方、地道な解読で歴史を見る目がこうも変わるとは……と目からウロコ。
難をいえば、文章がいささか冗長なこと。しかも、学術的な堅苦しさを避けようとするあまり慣れないキャッチーな言葉遣いで格好をつけたがる。表題の「生態系(エコシステム)」がそのことを象徴している。また、歴史のマクロ的なダイナミックスに欠ける印象があるのは、歴史的な時系列が整理されていないからだろう。
戦国日本の生態系
庶民の生存戦略を復元する
高木 久史 (著)
講談社選書メチエ
歴史というのは、いわゆる「英雄達の選択」的な支配層の足跡になりがち。本書は、地方に埋もれがちだった徴税記録や訴状や判物(はんもつ)などを丹念に読み解き、地域経済の成り立ちを再構成し、庶民の生業を浮かび上がらせようという試み。
対象は、越前の最西部、越前岬から若狭湾に接するごく狭い地域。丹生山地の山腹急斜面が直接日本海に臨む地形で、海食崖が連なる景勝地として知られる。豊かな海と森深い山が近接した狭小地であり、本街道からはずれた僻地。同時に、敦賀という近江、京につながる集散地の背後地でもあった。
ここで再現される近世の姿は、従来の米作中心の経済とはまるで違う。庶民の生業は、稲作ばかりではなく雑穀類など農作物は多様で、塩業、漁労、森林伐採、ススキなど茅材の栽培などの一次産業から陶芸、漆工芸など二次産業へと多岐にわたる。兼業、副業、分業も進んでいた。米作中心主義がともすれば決めつけがちな「農閑期」のイメージとはおよそ様相が違う。例えば陶芸といっても、当初はすり鉢など生活必需品が主だったが、燃料木材に恵まれたこの地域は、江戸初期には亙の生産も盛んになる。南加賀の赤瓦(技術的ルーツは島根の石州亙)は、この地方で盛んに作られて茅葺きを置き換えていく。
戦国武将や織豊期大名などの支配層の徴税徴用も多品目、多種多様で決して年貢米一辺倒ではない。近世の地域経済は、一定の自由経済圏を持ち、決して時給自足ではなかった。そこにはそうした多様な生業を営む庶民と支配権力との間に絶妙な駆け引きがあって、独占権などの特権の安堵とその反対給付としての貢納と労務や運輸などのサービスの提供があったという。庶民はなかなかしたたかだったというわけだ。
文献史学といえども、資料のスポットライトのあて方、地道な解読で歴史を見る目がこうも変わるとは……と目からウロコ。
難をいえば、文章がいささか冗長なこと。しかも、学術的な堅苦しさを避けようとするあまり慣れないキャッチーな言葉遣いで格好をつけたがる。表題の「生態系(エコシステム)」がそのことを象徴している。また、歴史のマクロ的なダイナミックスに欠ける印象があるのは、歴史的な時系列が整理されていないからだろう。
戦国日本の生態系
庶民の生存戦略を復元する
高木 久史 (著)
講談社選書メチエ
2024-07-15 09:45
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