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若き巫女の降臨 (平野友葵-ヴァイオリン) [コンサート]

若手演奏家を紹介する紀尾井ホール「明日への扉」シリーズ。新進気鋭の演奏家の登竜門として、これまでも数々の大型新人を送り出してきました。

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今回の平野友葵さんは、この春に二十歳になったばかり。桐朋学園大学を経て、昨秋にウィーンに留学したばかり。この「明日への扉」がデビュー・リサイタルだそうです。

平野さんは、その意味で本当に手つかずの新人なのに、その手が開けた扉はとびきり大きな扉だったという気がします。

最初のグリーグで目が醒める思いがしました。こんなにも激情的で輝かしいまでにはちきれんばかりの情感が放出される爆発的なロマンチックな演奏は初めて。グリーグ晩年の傑作ですが、こうした熱い血潮、情感は、あまり私のなかのグリーグのイメージにはありませんでした。その意外性に聴いていてちょっと戸惑うほどの、太陽系のど真ん中のような堂々たる熱い演奏。

ショーソンにも同じような戸惑い、不思議さがつきまといます。こんなにも遅いテンポでこの曲を弾かれてしまうものなのだろうかという疑問。それがずっと堂々と押し通されて、聴いていてもどんどんと引き込まれていってしまいます。

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休憩後のバッハでも、その不思議さは変わりません。バッハの無伴奏といえば厳然とした譜面テキストがあって、それに対峙することで霊感を得るものだと思っていたのですが、平野さんには譜面がない。あるいは今までの巨匠達の系譜のような規範が感じられない。あるのは彼女の生身の音楽があってそれが湧き出るようにバッハの音楽を紡いでいる。

例えば、フーガ。バッハの厳格な様式感があってこそのフーガと思えるのですが、一見それとは無縁のヴァイオリンの音色と弦や胴の響きが変幻自在に流れていく夢幻の音楽。ダブルストップやアルペッジョ、スケールといった巧緻な技術に長大なスラーがかけられていて目がクラクラするような思いがします。本当に譜面通りに弾いているのだろうかという不思議さがどうしてもつきまとうほど。

シマノフスキのソナタは若い頃の作品。それがかえってプログラムの中核にあったとさえ思えるように、それまでずっと感じていた《不思議》が氷解していくような気がします。平野さんのヴァイオリンは、すなわちウィーンという中央ヨーロッパの音楽の中心で、二十歳の今まさに日々発見し学んでいる音楽世界。それをとんでもない速度で吸収し消化し肉体化したうえで、爆発的な霊感エネルギーで放出している。

そのウィーン風の精妙な弓遣いによる節回しを遺憾なく発揮したのが、最後のツィガーヌ。ラヴェルが、ハンガリー出身のヴァイオリニスト、イェリー・ダラーニに一晩中取り憑かれたように演奏させ続けて霊感を得た音楽だというエピソードを彷彿とさせます。新人らしい技術の高さを披瀝させる定番なのに、アクロバティックな技巧は聴く者の視界から消えていて、ひたすら彼女の生身の音楽だけがある。

それは、まさに若い巫女の降臨。

平野さんが、これからどのような活躍をするのかは想像もつきません。でも、もしかしたら、これは歴史的なデビューリサイタルだったのかも。そういう予感でいっぱいです。



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紀尾井 明日への扉40
平野友葵(ヴァイオリン)
2024年7月18日(木) 19:00
東京・四ッ谷 紀尾井ホール
(1階 18列11番)

平野友葵(ヴァイオリン)
開原由紀乃(ピアノ)

グリーグ:ヴァイオリン・ソナタ第3番ハ短調 op.45
ショーソン:詩曲 op.25

バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番ト短調 BWV1001
シマノフスキ:ヴァイオリン・ソナタ ニ短調 op.9
ラヴェル:ツィガーヌ

(アンコール)
クライスラー:ウィーン風小行進曲
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