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「指先から旅をする」(藤田真央 著)読了 [読書]

クラシックファンなら知らぬ人はいないだろう。あっという間に世界で活躍するトップアーティストになった藤田真央。ちょっと規格外の天才で、その天然なキャラクターが、ベストセラー小説の映画化「蜜蜂と遠雷」で演奏を担当した風間塵そのものに重なり合う。映画公開の同じ年に、チャイコフスキー・コンクールで二位入賞を果たして、ちょっとしたアイドルになった。

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もともとは、「WEB別冊文芸春秋」に連載されたもの。21年のインタビューをきっかけに連載が始まり、それから23年にかけての2年間の身の回りの出来事やつれづれの思いを綴ったもの。ベルリンに拠点を移したタイミングで、そこからヨーロッパ各地で引っ張りだこになるから、旅日記といった風もあってとてもヴィジュアル。気取らず飾らない文章の軽やかなリズムが心地よい。

アイドルに、写真たっぷりの日記風のエッセイを書かせるというのは、よくある出版パターンだけれども、そのアイドルがクラシックのピアニストだというだけでなく、その連載時にたちどころに世界的な人気ピアニストになってしまうという、その同時性がとてつもなくユニーク。

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たった2年間の記録なのに、その間の成長と変貌は著しい。

ともすれば、クラシック音楽というものはスノッブで教養主義的な権威を振りかざしかねない。この若き人気ピアニストは、高名な音楽家との交流の日常を通じて赤裸々な音楽的成長を映し出していく。ちょっと大げさに言えば、海底火山の噴火と日々刻々と姿を変えていく火山島の動画でも見ているようなもの。

若いから、協奏曲でソロをとっても熟達のマエストロたちからはけっこうきつい直言やご指導を受ける。綱渡りのようなスケジュールで、同じ曲であっても共演の相手も違うし、気候も体調も違うなかで、自分自身、出来不出来もあるし気分や相性によっては演奏のコンセプトも変わる。初日と二日目で演奏も変わる。ある街では満員の大成功であっても、所変われば知名度が浸透しておらず、半分も入っていないということも。プログラムビルディングへのこだわりや、モーツァルト、ショパンなどへの思いも、2年間の経験を通じて日々揺れ動き、ちょっとずつ変貌していく。

そんなこともさっぱりと語っている。けれどその内実はとても赤裸々。

恩師の野島稔を別格とすれば、敬愛してやまないピアニストは、一にプレトニョフ、二にミケランジェリだそうだ。特にプレトニョフは現役だし、ヴェルヴィエなどで間近に接しているだけに、スリリングで生々しいエピソードを紹介している。プレトニョフは、日本ではさほどの敬愛を受けていない気がする。個人的にはプレトニョフには絶対的な尊敬を抱いているので、この辺りの記述はとても興味深く、うれしかった。

とにかく藤田真央が大好きというファンはもちろん、ディープなクラシックファンを自任する向きも、クラシック好きには誰にでもお勧めしたい好著。


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指先から旅をする
藤田真央
文藝春秋
2023-12-10 第一刷

タグ:藤田真央
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