鏡の中の鏡 (奥井紫麻 ピアノ・リサイタル) [コンサート]
豊洲シビックセンターに奥井紫麻さんという若いピアニストのリサイタルを聴きにでかけました。
お目当ての第1はファツィオリ。
ファツィオリはイタリアの新興ピアノメーカー。英国のレーベル、ハイペリオンがニコライ・デミジェンコやアンジェラ・ヒューイットに弾かせて先鞭をつけましたが、かつてはどこへ行ったらファツィオリが聴けるのか、誰がファツィオリが弾くのかと東京中を探し回りました。それをナマで聴ける。
この豊洲シビックセンターは、そのファツィオリ(F278)を常備しているというのです。ホールは300席ほどの小ホール。間近に聴けるチャンス。この初めてのホールの音響はどんなものかということも興味津々でした。
奥井紫麻さんは、私にとっては無名でしたので、正直言って、動機としては3番目に過ぎなかったのですが、プロフィールを見てみると大変な天才少女。2004年生まれということですから、弱冠二十歳になったばかり。早くからその才能を認められ、幼少時から、モスクワのグネーシン音楽学校でロシアン・ピアニズムの英才教育を受けているという。
ステージに現れた奥井紫麻さんは真っ白なロングドレス。背中と脇が大きく空いていてちょっとドッキリさせられますが、ピアノを弾くまでの立ち居振る舞いには、まだまだ“天才少女”のあどけなさが残っています。
何と言っても聴かせてくれたのは、後半のラフマニノフ。
ファツィオリは、ステージ上で映える美しい姿態。内部のバーズアイの木調も艶やかで、会場を写し込むフィニッシュは本当に鏡のように磨き上げてある。ちょっとスリムに見える筐体や上蓋――これが轟くようにパワフルに響きわたる。
とにかく響きが豊か。ハンマーが弦を鋭く叩き発音するとその瞬間にキャビネットが共鳴しているような感覚があって、響きの豊穣さと透明度や明晰さが両立している。強烈な和音や、急速のパッセージでも、決して響きが濁らない。個々の音は完璧にクリアで、高音、中音、低音の全てが共に調和し、共鳴し、実に豊かな美しい音色を生みだす。高音は明るく輝かしく、中音はまろやかで濃厚、低音はオルガンのように豊か。
奥井さんは、そのままにラフマニノフのピアニズムに向き合い、その「音楽」や「美しさ」に没頭しているかのよう。ファツィオリを弾く喜びが、ラフマニノフを弾く喜びと完全に合一しているかのよう。イタリアとロシアとは真反対のように距離が遠いと思えるのに、ファツィオリは、ロシアン・ピアニズムにぴったり。聴いているこちらまでも、そういうメカニカルなピアノの魔力に引き込まれてしまう。その吸引力は、以前に聴いた読響でトリフォノフが弾いたプロコフィエフ以上のものがありました。
さて…
このホールは、とても面白い仕掛けがある。
はて?と思ったのが、左右の壁面が非対称であること。左は木製だが、右とステージ背面はガラスになっている。フラットなガラス面が鏡になって、ピアノが合わせ鏡のように映し出される。まるで、鏡の中の鏡。音楽ホールとしては異例のことで、音響面への影響を心配したけれど、響きは多目的ホールとしては上々。
客席は、典型的な多目的ホールで階段状になっている。このことはピアノ独奏にとっては悪くない。天井高さがある程度確保できる前列なら、むしろピアノにとっては音楽専用ホールよりもよいかもしれない。ピアノの底が見えないからです。その分、サロンコンサートの平土間のピアノの親密で純度の高い響きに限りなく近い。
プログラムが終了し、満場の拍手に応えてアンコールを弾き出した刹那に、ステージ背面から右にかけて、壁面が開けてガラス張りの向こうに薄暮の街が見えてくる。夕景に浮かぶ豊洲の都市景観美という何とも見事なフィナーレの演出でした。
Fazioli Japan プレゼンツ
奥井紫麻 ピアノリサイタル
2024年9月15日(日)16:00
東京・豊洲 豊洲シビックセンターホール
(5列15番 自由席)
ショパン:
舟歌 嬰ヘ長調 Op.60
24のプレリュードOp.28全曲
ラフマニノフ:
前奏曲集Op.23より2、4、5,6、7番
〃 Op.32より1、2、3、5、6、7、8、12、13番
(アンコール)
スクリャービン:
12のエチュードop.8から第4番
お目当ての第1はファツィオリ。
ファツィオリはイタリアの新興ピアノメーカー。英国のレーベル、ハイペリオンがニコライ・デミジェンコやアンジェラ・ヒューイットに弾かせて先鞭をつけましたが、かつてはどこへ行ったらファツィオリが聴けるのか、誰がファツィオリが弾くのかと東京中を探し回りました。それをナマで聴ける。
この豊洲シビックセンターは、そのファツィオリ(F278)を常備しているというのです。ホールは300席ほどの小ホール。間近に聴けるチャンス。この初めてのホールの音響はどんなものかということも興味津々でした。
奥井紫麻さんは、私にとっては無名でしたので、正直言って、動機としては3番目に過ぎなかったのですが、プロフィールを見てみると大変な天才少女。2004年生まれということですから、弱冠二十歳になったばかり。早くからその才能を認められ、幼少時から、モスクワのグネーシン音楽学校でロシアン・ピアニズムの英才教育を受けているという。
ステージに現れた奥井紫麻さんは真っ白なロングドレス。背中と脇が大きく空いていてちょっとドッキリさせられますが、ピアノを弾くまでの立ち居振る舞いには、まだまだ“天才少女”のあどけなさが残っています。
何と言っても聴かせてくれたのは、後半のラフマニノフ。
ファツィオリは、ステージ上で映える美しい姿態。内部のバーズアイの木調も艶やかで、会場を写し込むフィニッシュは本当に鏡のように磨き上げてある。ちょっとスリムに見える筐体や上蓋――これが轟くようにパワフルに響きわたる。
とにかく響きが豊か。ハンマーが弦を鋭く叩き発音するとその瞬間にキャビネットが共鳴しているような感覚があって、響きの豊穣さと透明度や明晰さが両立している。強烈な和音や、急速のパッセージでも、決して響きが濁らない。個々の音は完璧にクリアで、高音、中音、低音の全てが共に調和し、共鳴し、実に豊かな美しい音色を生みだす。高音は明るく輝かしく、中音はまろやかで濃厚、低音はオルガンのように豊か。
奥井さんは、そのままにラフマニノフのピアニズムに向き合い、その「音楽」や「美しさ」に没頭しているかのよう。ファツィオリを弾く喜びが、ラフマニノフを弾く喜びと完全に合一しているかのよう。イタリアとロシアとは真反対のように距離が遠いと思えるのに、ファツィオリは、ロシアン・ピアニズムにぴったり。聴いているこちらまでも、そういうメカニカルなピアノの魔力に引き込まれてしまう。その吸引力は、以前に聴いた読響でトリフォノフが弾いたプロコフィエフ以上のものがありました。
さて…
このホールは、とても面白い仕掛けがある。
はて?と思ったのが、左右の壁面が非対称であること。左は木製だが、右とステージ背面はガラスになっている。フラットなガラス面が鏡になって、ピアノが合わせ鏡のように映し出される。まるで、鏡の中の鏡。音楽ホールとしては異例のことで、音響面への影響を心配したけれど、響きは多目的ホールとしては上々。
客席は、典型的な多目的ホールで階段状になっている。このことはピアノ独奏にとっては悪くない。天井高さがある程度確保できる前列なら、むしろピアノにとっては音楽専用ホールよりもよいかもしれない。ピアノの底が見えないからです。その分、サロンコンサートの平土間のピアノの親密で純度の高い響きに限りなく近い。
プログラムが終了し、満場の拍手に応えてアンコールを弾き出した刹那に、ステージ背面から右にかけて、壁面が開けてガラス張りの向こうに薄暮の街が見えてくる。夕景に浮かぶ豊洲の都市景観美という何とも見事なフィナーレの演出でした。
Fazioli Japan プレゼンツ
奥井紫麻 ピアノリサイタル
2024年9月15日(日)16:00
東京・豊洲 豊洲シビックセンターホール
(5列15番 自由席)
ショパン:
舟歌 嬰ヘ長調 Op.60
24のプレリュードOp.28全曲
ラフマニノフ:
前奏曲集Op.23より2、4、5,6、7番
〃 Op.32より1、2、3、5、6、7、8、12、13番
(アンコール)
スクリャービン:
12のエチュードop.8から第4番
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