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ピノックと室内オーケストラの幸福な邂逅 (紀尾井ホール管弦楽団定期) [コンサート]

第132回の定期は、トレヴァー・ピノックの第3代首席指揮者としての初の登場。コロナ禍やピノック自身の体調不良で遅れ遅れになっていたもの。高齢のこともあって不安に思っていましたが、それを吹き飛ばす素晴らしい演奏でした。

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ピノックの持ち味がとてもよく出ていたのが、ショパンの協奏曲。素晴らしくフレッシュな演奏。

彼の指揮は、紀尾井ホール室内管の美質を最大限に引き出したもので、小編成ならではの透明な響きと音色の鮮やかさで、その分、ピアノの繊細なディナミークでの素直で清新な歌いまわしが引き立っていました。

この協奏曲が書かれた時、ショパンは20歳前、ほんの少し前までベートーヴェンもシューベルトもまだ生きていました。そういう素朴な古典的編成で書かれた曲ですが、その後のピアノという楽器の進化とコンサートホールの巨大化と商業化もあいまって二十世紀の巨匠たちは思い切り肥大したロマンチシズムをこの曲に求めてきました。そのことでオーケストラとのバランスを崩し、そこからくる不満がショパンのオーケストレーションへの批判や管楽器を増強するなどの改変を招いたのだと思います。同時に、ショパンのカンティレーナの手法を思い切り抒情的歌謡的に強調し、高音のきらめきや細かい指の動きでクリスマスツリーのように飾り上げていきます。

音楽評論家の吉田秀和は、ショパンについて「協奏曲にしても、どうせ通俗的な名曲とわりきってしまえば…」と厳しい言辞を投げつけていました。それは、肥大化したショパンという風潮の真っ只中にあったからなのだと思います。

この10年ほど、そういうショパンに新しい風が吹いています。

ショパンの時代は大きな演奏会の機会は少なく、協奏曲でさえ、むしろサロンで室内楽として弾かれる機会が多かったのだとか。それが作曲家自身が室内楽として演奏可能なようにスコアへの添え書きとして残されています。そういう室内楽版が盛んに演奏されるようになりました。エラールやプレイエルの歴史的楽器の演奏も盛んです。その室内楽版のほうが、二十世紀の巨匠たちの演奏よりもずっと面白いし、しっとりと楽しめます。今回のピノックとドヴガンの演奏は、編成が小さいというだけでなく音響バランスも奏法の綾もこれによほど近い。しかも、今回の演奏は、管楽器群の演奏も冴え渡っていました。パンと弾けるようなトゥッティの強奏は、室内楽では得られない。冒頭のトゥッティのアタック、読響首席・武田厚志のティンパニは見事でした。これこそ二十歳のショパンが書いた逸品の本当の姿だという説得力に満ちています。日本デビューというドヴガンは、ピアニシモが美しく素直でディナミークを抑え気味、飾らない歌が出色の魅力。なるほどピノックのお気に入りだと納得です。背も高く大人びた表情なので、拍手に応えてペコッと挨拶する幼い仕草でようやく15歳だということに気づくほど。大変なポテンシャルの持ち主です。

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ドヴガンは、現在スペイン在住とのことですが、アンコールではジロティのバッハを弾いて、自分がロシアピアニズムの正統であることをしっかりと誇示していました。

翻って、プログラム最初のワグナーが、初演時の弦楽五重奏ではなく複数プルトの弦楽アンサンブルへの拡大版というのが、これまた室内オーケストラの妙でした。弦楽アンサンブルの響きにはむしろ厚みがあって、室内楽版の演奏にあるような夢見るようなソロの線の艶やかさではなくて、厚みのある至福の響きが馥郁と香り立つ。オーボエに久々に正団員の池田昭子が登場し美しい音色が聴けたのがうれしいし、クラリネットに東響首席のエマニュエル・ヌヴーが参加するなども木管楽器が刷新されて見事な演奏を聴かせてくれる。その音色の鮮度が高いのも室内オーケストラの妙であるわけです。

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ピリオド奏法的なピュアトーンと正統古典派編成がもたらす若々しいシューベルトのすがすがしさ。晩年の長大な歌の変成転成とは違って、短いモチーフを展開させていく古典的手法がかえって清新なイメージを与えてくれる。特に音の透明度、旋律線が明快なことは、やはり、イングリッシュ・コンソート以来、長く培ってきたピノックの美点なのだと思います。実は、以前にピノックが客演したときのモーツァルトにはすっかり落胆させられたのです。今回、見違えるように美音が凝縮した生気あふれる演奏となったのは、やはり、コンサートマスターに久々にバラホフスキーが帰ってきてくれたからだと思います。もちろん紀尾井ホール室内管の成長もあったからこそとは思いますが、バラホフスキーの個々の指揮者の個性に対する追随力とそれを楽団員に伝えて統率する力には抜きん出たものがあると感じます。

ピノックが新たな首席指揮者として素晴らしいスタートを切ってくれたことはうれしい限りです



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紀尾井ホール室内管弦楽団 第132回定期演奏会
トレヴァー・ピノック第3代首席指揮者 就任記念コンサート
2022年9月24日(土) 14:00
東京・四谷 紀尾井ホール
(2階センター 2列13番)

トレヴァー・ピノック 指揮
アレクサンドラ・ドヴガン ピアノ
アントン・バラホフスキー コンサートマスター
紀尾井ホール室内管弦楽団

ワーグナー:ジークフリート牧歌
ショパン:ピアノ協奏曲 第2番ヘ短調 op.21
(アンコール)
J.S.バッハ:ジロティ編:前奏曲第10番ロ短調 BWV855a

シューベルト:交響曲第5番変ロ長調 D485

(アンコール)
シューベルト:ロザムンデより間奏曲第3番

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