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古典美とエスプリ (堀正文・清水和音-名曲リサイタル・サロン) [コンサート]

芸劇ブランチコンサートにはふたつのシリーズがあって、一方は清水和音さんがコーディネートする「名曲ラウンジ」、そしてこちらが八塩圭子さん司会の「名曲リサイタル・サロン」。どちらも若手中心でそれを清水さんなどのベテランがさりげなく支えるという感じ。特に「清水和音の名曲ラウンジ」は、清水さんとそのお弟子さんが多く出演します。

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ところがこの日は、日本の音楽界の重鎮ともいうべき堀さんの登場。長くN響のコンマスを務め、現在は、桐朋学園大学の主任教授。桐朋学園の前身である「子供のための音楽教室」の出身の清水さんより、一回り上の大先輩ということになります。堀さんとのリサイタルパートナーとしては、清水さんが新進気鋭の頃から起用だそうです。以来、40年近く各地で公演を重ねられてきたのだとか。堀さんは寡黙な音楽家で知られ、この日も清水さんの饒舌ぶりは相変わらずなのですが、ここかしこに大先輩への気遣いがあるところがいつもとは違います。

1時間きっかりのプログラムは、ヴァイオリン・ソナタの名曲がふたつ。新人のよく取り上げる曲ですし、よく知られた名曲ということではまるでクラシックにはふだん馴染みのない地方の小都市での公演のような鉄壁の演目。大ベテランの堀さんの技巧の安定感ということもあって、正直言ってあまり緊張感もなく聴き始めたのです。

スプリング・ソナタは、小春日和の陽光あふれる穏やかな昼前にはとてもふさわしい。この曲を聴いていると、ただもうそれだけで幸せな気分になります。とはいえ近年の演奏には、もっとベートーヴェン的な野心とか先鋭さを求めるものも多くなっています。一方で、あくまでもヴァイオリンの美音を載せた多幸感そのものを追求する若手やベテランも少なくない。そんなことが、いろいろと頭をよぎります。

ところが、ずっと聴いていると、堀さんと清水さんの演奏にはどこかそういう二分類的なところが皆無だと感じてきて、ふと不思議な気がしてきます。中庸とか均衡とか、ましてやどっちつかずの凡庸ということでは決してない。ベートーヴェンのこの曲の魅力がすべて織り込まれていて、それがじわじわと滲み出てくるような味わい深さを感じます。

そのことは二曲目のフランクのソナタではっきりとしてきます。

若手もベテランもこぞって取り上げる名曲中の名曲ですが、デュオということでは存外に難しい。インタープレー的なところが随所にあって、それは単なる掛け合いというよりは、一方が誘い出し、もう一方が呼応するようなあうんの呼吸もある。そのことは冒頭のピアノの音型の繰り返しに誘い出されるヴァイオリンの主題提示から早くも始まります。だからデュオとしてよほど互いの息づかいや感情の起伏が合っていないと難しいのです。

フランクの古典的形式感は、もちろんベートーヴェンの追求を規範としていますが、それを循環形式という形でより堅固な均整美にまで高めています。それと同時にあふれるようなロマンチシズムが随所にあって、そういう相反するふたつの要素をバランスさせることだけでも、ふたりの息がぴたりと合っている必要がある。ルバートやアッチェランドが行き過ぎると、形式美のみならずふたりの均衡まで崩れてしまうし、それを安全に合わせようとすればドラマが消えてしまう。

堀さんの演奏は、とても折り目正しくて正統的。音符の長さ、アーティキュレーションが実に明快。音色もクリアで濃密でありながら余計なものが全くまとわりついてきません。淡々とした地味な演奏でいるように見えて、随所で強弱をつけテンポを揺らしていて繊細な陰影に満ちています。第二楽章の終結部のクレッシェンドとアッチェランドも品位を保ちながら、しかも素晴らしい盛り上がりで、思わず拍手を入れたくなるほど。

ふたりはまったく目を合わせることもないのですが、コミュニケーションは絶対的で驚くほど安定しています。堀さんの行き届いた起伏に合わせて清水さんのピアノにも自由でなおかつ懐の深い遊びがあります。こんなに安らかで、しかも、気持ちがのびやかなフランクは、まるで初めて聴いたかのよう。いろいろな発見があって感慨深いものがあります。

だから聴き終わっても、余韻が強く残ります。気持ちのなかで、聴き慣れた曲のはずなのにあれやこれやと思いがめぐってしまうことに戸惑うほど。家に帰ってから、LPやらCDを取り出して、あの巨匠はどうだったのかとか、好きでよく聴く演奏家、あるいは評判の若手とかの新しい録音はどこがどうだったのかしらと、しばらくは頭の整理がつきませんでした。

おいしいパンケーキとかベルギーワッフルは、焼きたてのシンプルなプレーンに限る…そんな子供っぽい連想しか思い浮かびませんが、フランクというのはそういう作曲家だったのかもしれません。


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芸劇ブランチコンサート
名曲リサイタル・サロン
第21回 堀 正文
2022年11月9日(水) 11:00~
東京・池袋 東京芸術劇場コンサートホール
(1階M列20番)

堀正文(ヴァイオリン)
清水和音(ピアノ)

八塩圭子(ナビゲーター)


ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ 第5番 へ長調 「春」 op.24
フランク:ヴァイオリン・ソナタ イ長調
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