スピーカーが無い (kikiさん邸訪問記) [オーディオ]
kikiさんのお宅を訪問しました。
よく「スピーカーが消える」と言います。
でも…
kikiさんのスピーカーは、始めから《無い》――存在していません。
唯一無二のユニークな再生システムです。それは何と言っても「対向型」とでも言うべきスピーカーセッティングによる立体音場再生です。マンションの6畳ほどのリスニングルームに案内されると、まず目を引くのはリスニングポジション正面にスピーカーが無いこと。スピーカーは、足元のフロア左右に向き合うようにセットされていて、こちらを向いていません。目の前にスピーカーがある一般のセッティングとは違う。スピーカーが《無い》というわけです。
ちょっとレトロな機器を使い込んでいて、スピーカー、アンプと幾種類かの組み合わせで、それぞれ独立したラインアップでいろいろと工夫を重ねながら楽しむというのがkiki流。「対向法」と言っても、ご自身があれこれスピーカーの振り角などを試行錯誤しているうちに行き着いたものだそうです。「対向法」というのは、誰かがそう呼んでいると後で知ったそうです。この日は、残念ながらQUAD ESLはお休み。ちょっと不調だそうです。
一番奥と手前にENSAMBLE ANIMATA。真ん中にaudio physic BRILON 1.0SLE。いずれも小型スピーカーですべて足元のフロア置き。それぞれかなりの仰角がつけられています。オーディオシステムの面構えとしてはかなりユニークです。
いきなり「お持ちのCDをおかけください」と言われて、ちょっと戸惑いました。立体音場再生の検証用にと、ごく限られた調整用のCDしか持ってこなかったからです。気を取り直して、常用定盤リファレンスCDをかけていただきました。
最初に、奥のANIMATAから。こちらはAccuphase A-20Vを2台ブリッジでドライブしているそうです。
正直申し上げて、これはあまり感心しませんでした。音場が中央に寄ってしまい音像定位がはっきりしません。奥行きはありますが、音場が小さく狭くまとまってしまいステージが見えてきません。パッヘルベルのカノンではハーモニーは綺麗に響くのですがカノンの3つのパートが分離してくれない。
幸田浩子のアヴェ・マリアではボーカルが奥に薄く遠くなってしまいます。これはいかにも位相が甘い。スピーカーのセッティングが云々という以前にアンプの位相がちゃんとしていないのでしょう。ブリッジ接続があだになっているのではないでしょうか。
次に、真ん中のBRILONです。
これは良い!…と思いました。BRILONは私が使用しているスピーカースタンド(サイドプレス)の原点ともなったスピーカーなので名前は知っていたのですが実見するのは初めて。こんなに小さいのかと意外でしたが、このサイズは音場再生にはうってつけ。ただ残念なのは音色がいまひとつ。高域が粗っぽい。その責めはどうやらこれまたアンプにあるようです。中華製の真空管アンプをベースに改造したものとのことですが、真空管なのかあるいは他のデバイスなのか素性が良くないのかもしれません。
最後に、一番手前のANIMATA。
これが、音場も音色も申し分ない。「どれがいいですか?」と聞かれて、ためらわずに「これです」とお答えしました。同じスピーカーであり、それぞれ存分に詰めたセッティングなので、判別しているのはアンプということになります。こちらはKYOCERA(B-910)の純A級アンプ。初めて知りましたが、京セラが90年代に突然オーディオに参入した時の、いわば幻のアンプ。これを2台左右独立でプリアンプでバランス出力を形成して接続しているとのご説明でした。
プリアンプは、kikiさん自作のもの。バッテリー駆動ということ以外の詳細はよく理解できませんでしたが、音量は従来の前段・後段の中間のアッテネーターで減衰するのではなくて出力段のゲインをコントロールするもののようです。グランドについても独自の考え方があるそうです。回路の詳細はともかく、一聴してSNが素晴らしく音色もとびきり自然なものだということがわかります。
ただし、聴いているうちに微かに不満が残ります。高域での左右定位がよくないのです。そのことはパッヘルベルのカノンでも、アヴェ・マリアでも感じます。中域以下の音域で定位を作っている分には申し分ないのですが、ヴァイオリンなど高域でなおかつ倍音成分がたっぷりの音像となるとおかしくなってしまいます。
ふと思いついて、ANIMATAのサランネットを外してもらいました。
これが正解でした。どうしても対向型ですとツィターの指向限界で左右定位を作ることになります。ANIMATAのツィターはドーム型で指向性は良いはずですが、さすがに対向型はシビアなのでサランネットで位相が拡散してしまっているのだと推測したわけです。対向型で音場を作るということは、ツィターの素性、特に指向性が極めてシビアにならざるを得ないと感じます。
ここからは、音楽鑑賞にスイッチが切り替わります。様々な音源をお聴かせいただきました。
ひとつだけご紹介すると、ブレンデルのモーツァルト。
ブレンデルのモーツァルト・ソナタというのは意外に思われるかも知れませんが、あまり多くは録音していません。このCDは初めて知りました。モーツァルトというのはピアニストに言わせると演奏が最も難しいそうです。汲めども尽きぬ深遠があって、平易な楽譜はかえってつかみどころがない。ファジル・サイなどを聴くと、何だか行きつく所まで来たとげんなりさせられますが、このブレンデルには、オーソドックスな完璧なまでのモーツァルトで、心が洗われるような思いがします。
このCDは、フィリップスの正規版にもかかわらず、すべてライブ収録だということが異色。
しかも、ヴェニューが違う。
最初に聴かせていただいたK570は、アムステルダムのコンセルトヘボー。その豊かな響きが透明度を伴って息を呑むほど純度が高い。いささか朴訥なあのホールの縦長のシューボックスの形が見えてきます。
一方、次に聴かせていただいたトルコ行進曲は、イギリスのスネイプのモルティングハウス。ウィスキーのモルト工場を改装したホールのウッディな暖かみのある韻が心地よく、ホールの高さよりもがフロアや壁が鳴るようで木組みのホールの姿が目に浮かぶよう。こちらはBBCがクレジットされていて、フィリップスのクルーではないようです。やはりホールの音を知り尽くしているということなのでしょうか。
よく音楽知らずのオーディオ耳と揶揄されますが、それはそういう虚飾で歪められた音ばかり聴いているからに過ぎません。究極の音場再生とは、演奏が収録される会場やホールの形さえもが見えてきます。
そういう再生システムにようやく出会えたような気がしました。
よく「スピーカーが消える」と言います。
でも…
kikiさんのスピーカーは、始めから《無い》――存在していません。
唯一無二のユニークな再生システムです。それは何と言っても「対向型」とでも言うべきスピーカーセッティングによる立体音場再生です。マンションの6畳ほどのリスニングルームに案内されると、まず目を引くのはリスニングポジション正面にスピーカーが無いこと。スピーカーは、足元のフロア左右に向き合うようにセットされていて、こちらを向いていません。目の前にスピーカーがある一般のセッティングとは違う。スピーカーが《無い》というわけです。
ちょっとレトロな機器を使い込んでいて、スピーカー、アンプと幾種類かの組み合わせで、それぞれ独立したラインアップでいろいろと工夫を重ねながら楽しむというのがkiki流。「対向法」と言っても、ご自身があれこれスピーカーの振り角などを試行錯誤しているうちに行き着いたものだそうです。「対向法」というのは、誰かがそう呼んでいると後で知ったそうです。この日は、残念ながらQUAD ESLはお休み。ちょっと不調だそうです。
一番奥と手前にENSAMBLE ANIMATA。真ん中にaudio physic BRILON 1.0SLE。いずれも小型スピーカーですべて足元のフロア置き。それぞれかなりの仰角がつけられています。オーディオシステムの面構えとしてはかなりユニークです。
いきなり「お持ちのCDをおかけください」と言われて、ちょっと戸惑いました。立体音場再生の検証用にと、ごく限られた調整用のCDしか持ってこなかったからです。気を取り直して、常用定盤リファレンスCDをかけていただきました。
最初に、奥のANIMATAから。こちらはAccuphase A-20Vを2台ブリッジでドライブしているそうです。
正直申し上げて、これはあまり感心しませんでした。音場が中央に寄ってしまい音像定位がはっきりしません。奥行きはありますが、音場が小さく狭くまとまってしまいステージが見えてきません。パッヘルベルのカノンではハーモニーは綺麗に響くのですがカノンの3つのパートが分離してくれない。
幸田浩子のアヴェ・マリアではボーカルが奥に薄く遠くなってしまいます。これはいかにも位相が甘い。スピーカーのセッティングが云々という以前にアンプの位相がちゃんとしていないのでしょう。ブリッジ接続があだになっているのではないでしょうか。
次に、真ん中のBRILONです。
これは良い!…と思いました。BRILONは私が使用しているスピーカースタンド(サイドプレス)の原点ともなったスピーカーなので名前は知っていたのですが実見するのは初めて。こんなに小さいのかと意外でしたが、このサイズは音場再生にはうってつけ。ただ残念なのは音色がいまひとつ。高域が粗っぽい。その責めはどうやらこれまたアンプにあるようです。中華製の真空管アンプをベースに改造したものとのことですが、真空管なのかあるいは他のデバイスなのか素性が良くないのかもしれません。
最後に、一番手前のANIMATA。
これが、音場も音色も申し分ない。「どれがいいですか?」と聞かれて、ためらわずに「これです」とお答えしました。同じスピーカーであり、それぞれ存分に詰めたセッティングなので、判別しているのはアンプということになります。こちらはKYOCERA(B-910)の純A級アンプ。初めて知りましたが、京セラが90年代に突然オーディオに参入した時の、いわば幻のアンプ。これを2台左右独立でプリアンプでバランス出力を形成して接続しているとのご説明でした。
プリアンプは、kikiさん自作のもの。バッテリー駆動ということ以外の詳細はよく理解できませんでしたが、音量は従来の前段・後段の中間のアッテネーターで減衰するのではなくて出力段のゲインをコントロールするもののようです。グランドについても独自の考え方があるそうです。回路の詳細はともかく、一聴してSNが素晴らしく音色もとびきり自然なものだということがわかります。
ただし、聴いているうちに微かに不満が残ります。高域での左右定位がよくないのです。そのことはパッヘルベルのカノンでも、アヴェ・マリアでも感じます。中域以下の音域で定位を作っている分には申し分ないのですが、ヴァイオリンなど高域でなおかつ倍音成分がたっぷりの音像となるとおかしくなってしまいます。
ふと思いついて、ANIMATAのサランネットを外してもらいました。
これが正解でした。どうしても対向型ですとツィターの指向限界で左右定位を作ることになります。ANIMATAのツィターはドーム型で指向性は良いはずですが、さすがに対向型はシビアなのでサランネットで位相が拡散してしまっているのだと推測したわけです。対向型で音場を作るということは、ツィターの素性、特に指向性が極めてシビアにならざるを得ないと感じます。
ここからは、音楽鑑賞にスイッチが切り替わります。様々な音源をお聴かせいただきました。
ひとつだけご紹介すると、ブレンデルのモーツァルト。
ブレンデルのモーツァルト・ソナタというのは意外に思われるかも知れませんが、あまり多くは録音していません。このCDは初めて知りました。モーツァルトというのはピアニストに言わせると演奏が最も難しいそうです。汲めども尽きぬ深遠があって、平易な楽譜はかえってつかみどころがない。ファジル・サイなどを聴くと、何だか行きつく所まで来たとげんなりさせられますが、このブレンデルには、オーソドックスな完璧なまでのモーツァルトで、心が洗われるような思いがします。
このCDは、フィリップスの正規版にもかかわらず、すべてライブ収録だということが異色。
しかも、ヴェニューが違う。
最初に聴かせていただいたK570は、アムステルダムのコンセルトヘボー。その豊かな響きが透明度を伴って息を呑むほど純度が高い。いささか朴訥なあのホールの縦長のシューボックスの形が見えてきます。
一方、次に聴かせていただいたトルコ行進曲は、イギリスのスネイプのモルティングハウス。ウィスキーのモルト工場を改装したホールのウッディな暖かみのある韻が心地よく、ホールの高さよりもがフロアや壁が鳴るようで木組みのホールの姿が目に浮かぶよう。こちらはBBCがクレジットされていて、フィリップスのクルーではないようです。やはりホールの音を知り尽くしているということなのでしょうか。
よく音楽知らずのオーディオ耳と揶揄されますが、それはそういう虚飾で歪められた音ばかり聴いているからに過ぎません。究極の音場再生とは、演奏が収録される会場やホールの形さえもが見えてきます。
そういう再生システムにようやく出会えたような気がしました。
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