ザ・ダークパターン(仲野 佑希 著)読了 [読書]
「ダークパターン」とは、ユーザーを意図的にだますウェブサイト設計のこと。
2021年の大統領選でトランプ陣営のキャンペーンサイトで巨額の寄付金を集めることに成功した。ところが、これはすぐに大クレームに発展する。
「定期的な寄付」のチェックボックスがデフォルトで選択されていたため、それに気付かなかった支援者の口座から、毎週自動で金が引き落とされていったのです。
中には、月に1,000ドル以下で生活している高齢のガン患者がいて、彼がなけなし500ドルを寄付すると、翌週から毎週500ドルが引き落とされ、たちまちにして彼の口座は空っぽになり、口座は凍結、家賃や光熱費の支払いまでできなくなってしまった。
トランプ陣営によるこの欺瞞的行為は、熱狂的な支持者をも落胆させる。結局、トランプと共和党は、2020年だけで約1億2,270万ドル(約140億円)以上を返金したという。
無料お試しといいながら「いつの間にか定期購入になっている」
「退会方法がわかりにくい」
「勝手にメルマガに登録されている」
「時間切れが迫るなどと消費者を煽るカウントダウンタイマー」
「期限のない在庫一掃セール」……
いずれも、あるあるのパターン。これが広く横行しているという。欧米ではこれば「ダークパターン」として規制が強まっている。
本書はあくまでもビジネス書。その目的は、セールスマーケティングの観点からダークパターンに焦点を絞り、Webサイトのフォーム設計に携わる人々やマネジメントに、近視眼的な売り上げ増や収益拡大のワナに陥らず、中長期的なビジネス視点での事業とユーザー双方の利益拡大に導こうというもの。
正義を振りかざすような企業批判とは違う。マーケティングや組織行動論的な観点から、合理的に陥りがちな「ダークパターン」を分類例示して、企業側のブランドイメージを損なわずに消費者の利便性と信頼を高めるパターンへと誘導する。
直接には、こうしたサイト設計に携わる人々に向けたものだけれども、ほとんどがユーザーとしてこうしたサイトに接する私のような一般人にも実に参考になる。心の底であるあるのパターンだとちょっと憤りながら、読み進み、うんうんとうなずく楽しさもある。
並みのビジネス書とは段違いのわかりやすい文章表現、ケース紹介、図表の活用があって、その点でもとても勉強になる。
「ダークパターン」には気をつけよう。それには、そのパターンを知ることが大事。そういう範囲では、実用書。でも、こういう悪さは読んでいて時に笑いを誘うほど面白い。その点で、社会批評の本でもあるという異色の書。
オススメです。
ザ・ダークパターン
ユーザーの心や行動をあざむくデザイン
仲野 佑希 (著)
翔泳社
2021年の大統領選でトランプ陣営のキャンペーンサイトで巨額の寄付金を集めることに成功した。ところが、これはすぐに大クレームに発展する。
「定期的な寄付」のチェックボックスがデフォルトで選択されていたため、それに気付かなかった支援者の口座から、毎週自動で金が引き落とされていったのです。
中には、月に1,000ドル以下で生活している高齢のガン患者がいて、彼がなけなし500ドルを寄付すると、翌週から毎週500ドルが引き落とされ、たちまちにして彼の口座は空っぽになり、口座は凍結、家賃や光熱費の支払いまでできなくなってしまった。
トランプ陣営によるこの欺瞞的行為は、熱狂的な支持者をも落胆させる。結局、トランプと共和党は、2020年だけで約1億2,270万ドル(約140億円)以上を返金したという。
無料お試しといいながら「いつの間にか定期購入になっている」
「退会方法がわかりにくい」
「勝手にメルマガに登録されている」
「時間切れが迫るなどと消費者を煽るカウントダウンタイマー」
「期限のない在庫一掃セール」……
いずれも、あるあるのパターン。これが広く横行しているという。欧米ではこれば「ダークパターン」として規制が強まっている。
本書はあくまでもビジネス書。その目的は、セールスマーケティングの観点からダークパターンに焦点を絞り、Webサイトのフォーム設計に携わる人々やマネジメントに、近視眼的な売り上げ増や収益拡大のワナに陥らず、中長期的なビジネス視点での事業とユーザー双方の利益拡大に導こうというもの。
正義を振りかざすような企業批判とは違う。マーケティングや組織行動論的な観点から、合理的に陥りがちな「ダークパターン」を分類例示して、企業側のブランドイメージを損なわずに消費者の利便性と信頼を高めるパターンへと誘導する。
直接には、こうしたサイト設計に携わる人々に向けたものだけれども、ほとんどがユーザーとしてこうしたサイトに接する私のような一般人にも実に参考になる。心の底であるあるのパターンだとちょっと憤りながら、読み進み、うんうんとうなずく楽しさもある。
並みのビジネス書とは段違いのわかりやすい文章表現、ケース紹介、図表の活用があって、その点でもとても勉強になる。
「ダークパターン」には気をつけよう。それには、そのパターンを知ることが大事。そういう範囲では、実用書。でも、こういう悪さは読んでいて時に笑いを誘うほど面白い。その点で、社会批評の本でもあるという異色の書。
オススメです。
ザ・ダークパターン
ユーザーの心や行動をあざむくデザイン
仲野 佑希 (著)
翔泳社
すべての人々の魂を呼び覚ます(ポール・ルイス-シューベルト) [コンサート]
大きな期待をさらに超えた。深く心をえぐり出すような凄味があった。
ポール・ルイスは、私にとっては新たな才能あふれるピアニストの登場として夢中にさせてしまったピアニスト。CDなどはずいぶん聴いているのに実際の演奏を聴く機会を逃していました。それだけに期待は大きかったのです。
天才とか英才教育とは対極的な異色のキャリアですが、実にオーソドックスな音楽作りと音色の持ち主。端正な音楽というほどに正統で、しかも、底知れぬ魅力を備えている。いかにも英国のピアニストと思ったのですが、その演奏や音色を聴いて思い浮かべたのはアルフレッド・ブレンデル。――ルイスの師ですから、当然といえば当然なのかもしれません。
ブレンデルと言えば偉大な中庸のピアニスト。若い時代には決してそうではなかったようですが、円熟してから、旧フィリップスに遅咲きともいうべきメジャーデビューした頃には、ベートーヴェンやハイドン、シューベルト、リストらの中欧正統音楽の伝統をバランスよく体現する規範的で中庸の音楽を奏するピアニストでした。
そのブレンデルの衣鉢を継ぎながらも、もっと現代的で磨かれた美しい音色と沈潜する熱が発する輻射熱量の高い音楽。……そういうものが、コンサート前のイメージであり、彼のシューベルトへの期待だったのです。
それが完膚なきまでに覆りました。
音色はもちろん濁らず美しいのですが、もっとずっと強く力感にあふれていて雄弁。ロマンチシズムの振幅の幅は、驚くほど大きく雄大。それはヤマハホールの親密な空間と、やや小さめのヤマハのコンサートグランドということもあるのでしょうか。小さいことが、かえって大きく感じさせる。
シューベルトが、内省的な音楽であることは確かなのですが、もはや個人主義的なロマンチシズムをはるかに超えた全人類的なもっと何か大きなものの肉声あるいは心の声を聴くような広壮な広がりと深みを持っているシューベルト。
D959のアンダンティーノなどは、ショパン以前にすでにバラードが在ったといかのように感情のストーリーが鮮やか。その悔恨のうねりを打ちのめすような怒りの爆発、あるいは運命的な落雷なのか、その果ての諦観あるいは祈り。ストーリーは明らかだと思えるのに、それが具体的に何なのかがつかみどころがない。それだけ大きなもの……例えば、繰り返され絶え間の無い戦争のことなのか……とにかく、とてつもなく大事で大きなものだと思えるのです。
ブレンデルが到達した普遍的中庸から出発しながら、ずっと激しい深いものへと音楽が巨大化し、感情の発露としての歌が細密化していっているというように感じます。
ほんとうに凄いピアニストです。
ポール・ルイス -シューベルト ピアノ・ソナタ・シリーズ Ⅱ-
ポール・ルイス(ピアノ)
2024年9月8日(日)14:00
東京・銀座 ヤマハホール
(1階H列11番)
F.シューベルト/
ピアノ・ソナタ第9番 ロ長調 D.575
ピアノ・ソナタ第20番 イ長調 D.959
ピアノ・ソナタ第21番 変ロ長調 D.960
ポール・ルイスは、私にとっては新たな才能あふれるピアニストの登場として夢中にさせてしまったピアニスト。CDなどはずいぶん聴いているのに実際の演奏を聴く機会を逃していました。それだけに期待は大きかったのです。
天才とか英才教育とは対極的な異色のキャリアですが、実にオーソドックスな音楽作りと音色の持ち主。端正な音楽というほどに正統で、しかも、底知れぬ魅力を備えている。いかにも英国のピアニストと思ったのですが、その演奏や音色を聴いて思い浮かべたのはアルフレッド・ブレンデル。――ルイスの師ですから、当然といえば当然なのかもしれません。
ブレンデルと言えば偉大な中庸のピアニスト。若い時代には決してそうではなかったようですが、円熟してから、旧フィリップスに遅咲きともいうべきメジャーデビューした頃には、ベートーヴェンやハイドン、シューベルト、リストらの中欧正統音楽の伝統をバランスよく体現する規範的で中庸の音楽を奏するピアニストでした。
そのブレンデルの衣鉢を継ぎながらも、もっと現代的で磨かれた美しい音色と沈潜する熱が発する輻射熱量の高い音楽。……そういうものが、コンサート前のイメージであり、彼のシューベルトへの期待だったのです。
それが完膚なきまでに覆りました。
音色はもちろん濁らず美しいのですが、もっとずっと強く力感にあふれていて雄弁。ロマンチシズムの振幅の幅は、驚くほど大きく雄大。それはヤマハホールの親密な空間と、やや小さめのヤマハのコンサートグランドということもあるのでしょうか。小さいことが、かえって大きく感じさせる。
シューベルトが、内省的な音楽であることは確かなのですが、もはや個人主義的なロマンチシズムをはるかに超えた全人類的なもっと何か大きなものの肉声あるいは心の声を聴くような広壮な広がりと深みを持っているシューベルト。
D959のアンダンティーノなどは、ショパン以前にすでにバラードが在ったといかのように感情のストーリーが鮮やか。その悔恨のうねりを打ちのめすような怒りの爆発、あるいは運命的な落雷なのか、その果ての諦観あるいは祈り。ストーリーは明らかだと思えるのに、それが具体的に何なのかがつかみどころがない。それだけ大きなもの……例えば、繰り返され絶え間の無い戦争のことなのか……とにかく、とてつもなく大事で大きなものだと思えるのです。
ブレンデルが到達した普遍的中庸から出発しながら、ずっと激しい深いものへと音楽が巨大化し、感情の発露としての歌が細密化していっているというように感じます。
ほんとうに凄いピアニストです。
ポール・ルイス -シューベルト ピアノ・ソナタ・シリーズ Ⅱ-
ポール・ルイス(ピアノ)
2024年9月8日(日)14:00
東京・銀座 ヤマハホール
(1階H列11番)
F.シューベルト/
ピアノ・ソナタ第9番 ロ長調 D.575
ピアノ・ソナタ第20番 イ長調 D.959
ピアノ・ソナタ第21番 変ロ長調 D.960