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映画「KCIA 南山の部長たち」 [映画]

韓国現代史の闇をあばく迫真のドキュメンタリーとの売り文句だが、内容はヤクザ映画そのもの。

韓国映画はどこまでもヤクザものが好きなのか、あるいは、独裁政権とははつまるところヤクザ集団ということか、はたまた、韓国政治の歴史はしょせんヤクザの陰謀と内部抗争なのか。

1979年の朴正熙大統領暗殺とは、大統領腹心のKCIA(中央情報部)部長が大統領を射殺するという異様な事件。しかも、ソウル市内宮井洞のKCIA秘密招待所における身内だけの酒席が舞台だったというから、その異様さは尋常ではなかった。

射殺犯は、自らの本拠KCIA庁舎ではなく陸軍本部に向かい戒厳令の布告を迫るも拒否されてあっけなく逮捕された。同席していて犠牲となった大統領警備室長も、ともに軍人上がりで朴に引き立てられた側近同志だが、民主化デモや金大中、金泳三などの政敵への対応で対立が絶えず犬猿の仲だった。結局、軍事法廷では、数々の失態で朴大統領から叱責を受け立場が危うくなったことが動機とされ、翌年、絞首刑となった。

修羅場と化した暗殺現場描写のリアリティは秀逸。

元KCIA部長でアメリカへ亡命し、朴政権の腐敗を暴露した金炯旭。最後はパリで失踪する。当時の駐仏公使が計画しKCIAによって拉致・殺害されたものとほぼ結論づけられているが、なお謎は多い。この謎が映画のストーリーの主軸を成している。

一方で、フィクションとして史実とはいくつも食い違いがある。例えば、実際の射殺犯・金載圭は、5・16軍事クーデターには加わっていない。

そういう歴史の現場的リアリティと、フィクションとしてのエンタテインメントと、そのどちらにも徹底し切れていないところが悩ましい。結局は、史実の制約のなかに納めているので、どっちつかずになっているようだ。

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それだけに主人公にはなかなか感情移入しにくい。イ・ビョンホンは好演だが、苦悩と苦境を打開し本懐を遂げるという、いつものタフなヒーローさに欠け、《怨念》や《正義》が希薄だし、女優のイロ気もとぼけたユーモアもない。敵役イ・ヒジュンの演技がひたすら愚直で粗暴なばかりで、その単調な演技がヒーローには不利に働いたような気がする。

一方で、朴正熙を演じたイ・ソンミンの演技が光る。部下を懐柔と恐怖で翻弄し、野心と保身の疑心暗鬼の渦で分断する。そういう酷薄で孤独なヤクザの親分そのもの。

あれほど日本の闇社会とのつながりがささやかれてきたKCIAの陰謀と暗闘を描きながら、日本はほとんどスルー。今の韓国社会の歴史認識の現実はこの程度なのかと、これもまたちょっと感慨深い。

それでも、この映画は一見に値する。




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原題:The Man Standing Next
2019/韓国映画 上映時間114分
監督・脚本:ウ・ミンホ
原作:金忠植『実録KCIA―「南山と呼ばれた男たち」』(訳:鶴真輔/講談社刊)
脚本:イ・ジミン
撮影:コ・ラクソン
美術:チョ・ファソン
音楽:チョ・ヨンウク
出演:イ・ビョンホン、イ・ソンミン、クァク・ドウォン、イ・ヒジュン、キム・ソジン

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映画「音響ハウス」 [映画]

音響ハウスとは、銀座のはずれにあるレコーディングスタジオのこと。


最先端を走り続けてきたシティ・ポップの総本山ともいうべきスタジオの45年の歳月を、松任谷由実・正隆夫妻、坂本龍一、矢野顕子、佐野元春、綾戸智恵など名だたるミュージシャンが語るドキュメンタリー映画。

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映画は、こうしたミュージシャンたちをこのスタジオに招いてのインタビューを横糸にし、縦糸は、新曲「Melody-Go-Round」のレコーディングの進行に密着する。若干13歳の女性シンガーHANAをフューチャーしたこのコラボには、発起人のギタリストの佐橋佳幸とレコーディングエンジニアの飯尾芳史に加えて、大貫妙子、葉加瀬太郎、井上鑑、高橋幸宏ら、スタジオゆかりのミュージシャンが参加している。

平凡出版(現・マガジンハウス)により設立された音響ハウスは、レコード会社や放送局系列のスタジオが主流を占めるなかで異色の存在であり、すでに16トラックのレコーダーを備え、日本で初めて英国SSL社のコンソールを導入するなど機材面でも最先端を走りミュージシャンやCM製作者からも重宝がられた。坂本龍一などは、先に予約で埋めて入り浸っていたという。「戦メリ(戦場のメリー・クリスマス)」のサウンドトラックもここで生まれた。いわば、ニュー・サウンドの実験場でもあったわけだ。

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音響ハウスは、ミュージシャンが自由に出入りする交流の場になる。「用事があればここですべてが片付く」というような場所でもあったという。忌野清志郎と坂本龍一の意表をついたコラボ「い・け・な・いルージュマジック」が誕生したのも、資生堂のCMプロデューサーから呼び出され、何とか新しい感覚を打ち出そうと苦し紛れに言ったひと言から生まれたという。ミュージシャンのたまり場になっていた音響ハウスだからこそ生まれたコラボだった。

ビートルズの「アビー・ロード」のように何日も籠もってという時代ではなくなっていたけれど、ミュージシャンたちは簡単な譜を持ち寄っただけで、合わせながら曲を作っていくというのもこのスタジオならではのこと。松任谷由実たちも、スタジオの響きが自分に戻ってくるという作用が音楽を生むと証言する。このスタジオは、音響面でも抜群だし、ピアノなど楽器や機材も充実している。

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縦糸となるレコーディング風景も面白い。テイクと打合せを重ねていくシーンは和気あいあいで楽しそうだが、エフェクトのかけ方からフレージングの微妙な変更が矢継ぎ早に繰り出されるのはプロの仕業。葉加瀬太郎が、こちらの弓は音に厚みがあるが音が重め、こちらは華やかだが繊細な音がすると弾いて聞かせる。一発で後者が選ばれ「こっちは所有するなかで一番値段が高い弓だよ」と破顔一笑。

詞を提供した大貫妙子が、ボーカルの13歳のHANAにアドバイスするシーンも印象的。彼女のボーカルがみるみるうちに生気が吹き込まれていく。その大貫は、バックコーラスも録れる。そのバランスをミキサーが迅速的確に修正していく。

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音響ハウスは、2つのスタジオがある。1st.は、小オーケストラも入る大きなスペースで、特にストリングスの響きは多くのミュージシャンのお気に入り。綾戸智恵のお気に入りのスタインウェイもここにある。ブースもいくつかあって、矢野顕子の子供たちは、そこで宿題をやったり仮眠したりしたそうだ。

一方の2st.はシュアなリズム録りやブラスダビングに使用する。さらにいくつか小スタジオや、マスタリングルームもある。

マスタリングルームでは、モニタースピーカーの横に大きめのラジカセが映り込んでいた。曲の最後の仕上げで「ちょっと、こっち…小さいので聴いてみようか」と確認するシーンで鳴っていたのは間違いなくこのラジカセだろう。そうした商品としてのトータルチェックは、白いコーンでおなじみのNS-10Mがよく使われて、それを通称「ラジカセ」と呼ばれることがあるとは知っていたが、ホンモノのラジカセが使われているのは初めて見た。

ラジカセは画面には登場しないが、音は切り替わって、ちょっとナローレンジになる。もちろん《空気録音》のはずはないが、こういう映画だけにサウンドトラックへのこだわりはあって、例えば、テイク毎のコンソールの操作の微妙な違いを聴き取ることは、この映画を楽しむ大事なポイント。

映画館は、渋谷・ユーロスペース。

ユーロスペースは、80年代のミニシアターブームで名をはせた。いまの場所に移転してきても、ラブホテル街の一角だけに、ちょっと怪しげで何となく便所くさい映画館というような印象が強い。

ところが今回、久しぶりに行ってみると、音響もよくなっていたのは意外だった。両サイドの壁上方にあるサラウンドのスピーカーをしげしげと眺めると、小さくメイヤーサウンド(MeyerSound)のロゴが見える。この映画もサラウンドっぽいシーンもあって、今や、こんなオタクっぽい映画でも、高音質のサウンドシステムで鳴るように作ってあるのだと見直した。


シティ・ポップの熱くディープなファンはもちろんですが、オーディオ・マニアにも観てほしいちょっとマニアックなドキュメンタリー映画です。

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