加賀公園から、石神井川にかかる金沢橋を渡り、埼京線の踏切を渡って、さらに、王子新道を進むと、斜面の上の小高いところ瀟洒な白い洋館が見えてきます。



この建物は、東京第一陸軍造兵廠(兵器工場)の本部として昭和5年に建てられたもの。近寄って見ると、さして贅を尽くしたわけでもなく建物自体の文化価値は低いのかも知れませんが、終戦後には米軍に接収され王子キャンプ(野戦病院)として使われたこともあったそうで、今は区の文化センターとなっていて歴史的遺構が保存運用されています。



ここは、十条、さらに赤羽台まで広がる丘陵地帯のちょうど南斜面で、石神井川の流れを見渡すポイントだったのでしょう。明治以降、この地域は日本の軍需品生産の一大拠点となっていました。



この本部建物の傍らには、煙突の銘板が展示されています。

日露戦争直後に砲兵工廠が開設されレンガ造の工場棟が多数建設されて銃砲を製造していました。その工作機械の動力として英国バブコック&ウィルコックス社製の蒸気ボイラーが導入され、その煙突には東京芝浦製作所製の鋼製耐震煙突が使われたのです。



この区域は、戦後、すべて米軍に接収されました。朝鮮戦争当時には、M46パットン戦車が修理補修のために行列をなして一般道路にまであふれかえったと伝えられます。当時、最新のM46を補修できるのが極東ではここの工廠だけだったからだそうです。M46が道路で左右逆回転させてスピンターンしようものなら、アスファルト道路はたちどころにぐちゃぐちゃになったとか…。



建物の裏には、64,000平米の広大な中央公園の緑地が整備されています。園内には野球場やテニスコートなどの施設や子供のためのサイクリングコースもあります。休日とあって家族連れやジョガーなどでにぎやかですが、十分なアウトドアのスペースは保たれています。

その敷地の続きには、区の中央図書館があります。



この建物も、やはり造兵廠の赤レンガ倉庫の遺構を取り込みながら建設されました。「赤レンガ図書館」として区民に親しまれています。内部にも柱や壁、地下室などの遺構が巧みに内装として活かされたり、展示されたりしていて、建築としてもグッドデザイン賞を受賞しています。今はもちろん休館中です。



そうした区の施設に隣接して、自衛隊の十条駐屯地があります。



ここは、陸海空すべての補給本部が設置されていて、駐屯基地というよりは、自衛隊の兵站の指示中枢が置かれています。

明治以来、この地域が果たしてきた機能は、今もこうして引き継がれているというわけです。



住宅地に囲まれた広大な敷地には多くの建物があって、内部の道路やトラックでトレーニングに励む隊員たちの姿も見えますが、むしろ人影はまばらで穏やかでした。