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天使のグルーヴ (大藤莞爾 チェンバロ・リサイタル) [コンサート]

若手演奏家を紹介する紀尾井ホール「明日への扉」シリーズは、開始からちょうど10年経つという。その前身の《ニュー・アーティスト・シリーズ》も含めて、プログラムに出演者一覧が掲載されていました。

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今となって見ると、そうそうたるメンバーで驚いてしまいます。

そういう本シリーズで、チェンバロ奏者というのは初めてだそうです。その意味でも今回は画期的。とはいっても、チェンバロというのは地味な楽器。出演した大藤さんはまだ18歳ととても若い。ところが、終わってみればとんでもない衝撃と高揚があったすごいリサイタルでした。

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まずは、バッハの平均律。始まりの始まりのハ長調。

思わず、はっとさせられました。まるで天から降ってくるような天使のような音楽です。とても綺麗な音色。本来ならそれが天体の調和を感じさせるような光の律動ですが、大藤さんはずっとゆっくりと弾く。歌うように呼吸し、ため息のような伸縮があり、ためらうような溜めがあります。

このまま、フーガにはいってほしいと思った時にずいぶんと間が空きました。楽譜を置き直したりすることに手がかかります。始まったフーガはとたんにつまらなくなりました。緊張しているのでしょう。フーガは難しい。

それっきり…。その後に続くクープランも、バッハのフランス組曲も平板で長くて退屈しました。

正直言って、休憩時の友人との会話でもその感想はあまりかんばしいものではありませんでした。最初の「平均律」はよかったのに。やっぱり緊張しているよね。ミスタッチもあるし。まだ場慣れしていないのだろうし。そもそもチェンバロには紀尾井ホールですら大きすぎて、後方の列に座っている私たちには音が小さいのです。

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それが、後半の第1曲目で目が醒めました。

16世紀のイタリアの曲だという。とてつもない息の長い歌。そしてそこに溢れ流れるような装飾音の波が起伏と伸縮を伴って果てしなく続く。チェンバロの粒立ちはふつふつと泡立ちますが、一音一音が持つ響きの余韻が連なって美しく織り込められたタペストリーのように典雅な手触り。そのことで連綿たる情緒の波が湧き上がってきます。まるで小節線なんか存在しないかのよう。

それは、そのまま次のバッハに続いていく。

特にパルティータは、いままで聴いたことのないような典雅さと高揚感が両立しているバッハ。私たちの心に寄り添うように心地よく揺り動かし、憂鬱を晴らし、喜びを感じさせてくれる。

今までのバッハは厳格厳粛であり、天真爛漫な舞曲であって厳格な規律を感じさせます。そういうバッハではなくて、ずらしたり、留まったり、寄りかかったり…と、そういう揺らぎや律動の変化が繰り返され気持ちが高められていく。それは伝統のクラシック音楽というよりは、ジャズなどで言うグルーヴの世界。ある種の《ノリ》のような感覚です。

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そういうグルーヴ感覚は、最後の「イギリス組曲」がもっとすごい。「サラバンド」ではアウフタクト的な二拍目の重みがあり、それが左手の後二拍に体重が乗る。その三拍子のなかのアクセントが身体を動かし、気持ちを動かす。「ジーグ」は、まるで変拍子のように聞こえます。そもそも6拍子には2拍子と3拍子とが混在するような疾走感があります。しかも、途中の左手のウケに重密な装飾音をつけるので音価が長大になり3+4の変拍子のよう聞こえてきて、どんどんと高揚していくのです。

フーガのような対位法や多声部の世界に、こうしたズレを持ち込むのは、いざとなると、とてつもない緊張と重圧を感じたのではないでしょうか。

こういう試みは、新しい潮流としてすでに始まっているのでしょうか。どちらかと言えばモダンピアノの表現力の方に軍配が上がってきたバッハの組曲やパルティータです。それはピアノの方が音色の操作や強弱のダイナミックという機能に優れるから。でも、こういう演奏になると、響きが長く融和しやすいチェンバロで演奏することの優位性、意味合いが格段に増してきます。

ジャズに精通している友人に、これってジャズの《グルーヴ》と同じではないですか?と聞くと、同じだとの答え。その本質についてもいろいと教えていただきました。若い人だから、こんなことができるんだろうねぇと、友人もコンサート後の高揚感を隠しきれない様子でした。

今後、この若い青年がどのような成長と発展をとげるのか、とても楽しみです。ソロだけではないアンサンブルにこういうグルーヴ感覚をためらわずに持ち込み、バッハや古楽演奏にも新たな息吹を与えるのでしょうか。そういう期待がとてつもなく膨れ上がりました。




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紀尾井 明日への扉36
大藤 莞爾(チェンバロ)
2023年6月83日(木) 19:00
東京・四ッ谷 紀尾井ホール
(1階 18列9番)

使用楽器:エブルース・ケネディ製作(1995 アムステルダム)ジャーマンタイプ

バッハ:平均律クラヴィーア曲集第1巻~前奏曲とフーガ第1番ハ長調 BWV846
フランソワ・クープラン:クラヴサン曲集第4巻~第27オルドル ロ短調
バッハ:フランス組曲第4番変ホ長調 BWV815

クラウディオ・メールロ:ある日スザンヌは
バッハ:パルティータ第1番変ロ長調 BWV825
バッハ:イギリス組曲第2番イ短調 BWV807

(アンコール)
ウィリアム・バード:ウトレミファソラ MB64
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