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別宮貞雄の協奏曲 (都響定期演奏会) [コンサート]

別宮貞雄といえば、私の若い頃には現代作曲家として大御所的な扱いだったと思います。

でも思い返してみると、ひとつも聴いたことがないし、これといった代表作をすぐに思い浮かぶわけでもない。私にとっては、ある意味では不思議な作曲家です。

というわけで、「別宮貞雄生誕100年記念:協奏曲三景」というテーマに惹かれて、久々に都響定期に足を運びました。独奏者は、これらの曲と初演などで関わった大御所の先生方ではなくて、いずれも今まさに旬を迎えようとしている若手たちばかりというのもうれしい。指揮者は下野竜也。

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東京文化会館は、かえって上層階の席の方が音が良いということを知ったのは、ほんの10年ほど前ぐらいですが、今回は4階中央の最前列が取れました。上層階の中央というのは初めてですが、左右のバルコニーに較べるとちょっと音が遠い感じがしますが眺望と音のバランスはやはり中央ならでは。

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最初のチェロ協奏曲には《秋》という副題がついていますが、聴いていると《晩秋》という感じで哀感というのか憂愁というのか、同じようなテンポの楽想が延々と続き、時おりざわめくように盛り上がる。ソナタ形式なのだそうですが、複雑過ぎてかえって茫洋とした印象の曲です。都響は最初はちょっと歯車が合わない感じがして、こんなにヘタクソだったかなという感じでしたが、徐々に調子を上げていきました。何と言っても岡本侑也のチェロの音色が素晴らしかった。

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ヴィオラ協奏曲は、オーケストラの独奏楽器が色とりどりに活躍し、主役が地味なヴィオラだけに、何だか管弦楽のための協奏曲といった印象。テーマや挿入句が様々な色彩で細かく織り込まれているという印象の曲。初演は今井信子さんだったそうですが、その今井に学んだというリダウトのソロ。曲の難易度のほどはわかりませんが、とても安定した演奏でテクニシャンぶりを印象づけました。

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休憩をはさんでの三曲目は、ヴァイオリン協奏曲。この曲が一番盛り上がった。断片が組み合わさって大きな曲想を形作って盛り上がっていくのは聴いていてわかりやすいし、たっぷりとしたテンポで情感が高まっていくところは感情移入しやすい。南紫音は、堂々としたカデンツァを聴かせてくれてさすがの貫禄を見せてくれます。最後のクライマックスも決まり、会場も大いに盛り上がりました。

別宮は、保守的と言われたそうですが、こうやって聴いてみると単に作曲様式が保守的というよりは、日本のクラシック音楽受容の道程そのものという感じがします。戦後のある時期までは、海外渡航できること自体稀で、ヨーロッパ留学というのはエリート中のエリート。そういう西欧の正統と豊潤に直に触れる機会を持った別宮の自負心と自尊心は想像に難くない。しかしアヴァンギャルドといった話題性に走ることもなく、むしろ教養主義的で、曲もどこかで聴いたことのある断片をあちこちの権威の殿堂から集めて密度高く凝結させたような音楽。

恐らく作曲当時には、オーケストラの規模も貧相で技術も高くなかったし、一部の評論家の言うなりの聴衆も、しょせんは上っ面のスノビズムばかりで楽理には成熟していなかっただろうから、こういう下がりものの国産品にはとても退屈したのだと思います。現代の聴衆は、経験も豊富で教養主義からはずいぶんと自由ですから、もっともっと演奏機会が増えたらその評価もどんどんと深まっていくのではないでしょうか。

ともあれ、希少なレパートリーに果敢に挑戦してくれた若手の三人にも、こういう機会を企画した都響にも大拍手です。


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東京都交響楽団 第959会演奏家Aシリーズ
【別宮貞雄 生誕 100年記念:協奏曲三景】
2022年9月30日 19:00~
東京・上野 東京文化会館大ホール
(4階1列18番)

指揮/下野竜也
ヴァイオリン/南 紫音
ヴィオラ/ティモシー・リダウト
チェロ/岡本侑也

別宮貞雄:チェロ協奏曲《秋》(1997/2001)
     ヴィオラ協奏曲(1971)
     ヴァイオリン協奏曲(1969)








第959回定期演奏会Aシリーズ
【別宮貞雄生誕100年記念:協奏三景】
[出演]
指揮/下野竜也
ヴァイオリン/南 紫音
ヴィオラ/ティモシー・リダウト
チェロ/岡本侑也
[曲目]
別宮貞雄:チェロ協奏曲《秋》(1997/2001)
別宮貞雄:ヴィオラ協奏曲(1971)
別宮貞雄:ヴァイオリン協奏曲(1969)

4階 1列 18番
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普段着の超絶技巧 伊舟城 歩生(芸劇 名曲リサイタル・サロン) [コンサート]

とても若いピアニスト。東京音大の修士課程を終えたばかり。

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先月の芸劇ブランチコンサートで、清水和音さんのピアノの譜めくり役を務めていて、清水さんから呼び止められ、次のリサイタルに出演予定なのでよろしくとの紹介がありました。

ナビゲーターの八塩圭子さんがそのことにふれて、しばし「譜めくり」談義。譜めくりというのは、集中を切るわけにもいかず、けっこう緊張するそうです。ピアニストによってもタイミングが違う。瞬間が好みのピアニストもいれば、一瞬先にめくるのが好みのピアニストもいる。なにより気にするのは伸ばした腕がピアニストの目線をさえぎらないこと。

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譜めくりといえばお弟子さんというイメージがあります。実際、清水和音さんに師事しているわけですし、ちょっとはにかんだような受け答えは確かに書生っぽい。ところが、いざ、ピアノに向かうとその逸材ぶりにはっとさせられてしまいます。

最初のモーツァルトが素晴らしかった。何よりも音がきれい。

それこそハイドンのお弟子さんというかしこまった響きに、モーツァルトらしい透明な音色をのせるのが案外難しい曲。ひそかにモーツァルトの素顔が見え隠れするのだけどなかなかそれを見せようとしないまま進行する。それが終楽章になってぱっと自分が出てくる。そんな若さがとてもきれいなタッチでよく見えてくる。

そこから、一気にラフマニノフの世界に飛躍する。

重く暗い雲が垂れ込めた晩秋のロシアの夕暮れにどーんと沈痛に鳴り響く鐘。八塩さんが「譜面を見ると真っ黒に見える」と言った難曲中の難曲のラフマニノフ。その前奏曲を深い水底に沈む宝石の輝きのように弾きこなし、暗い情感から次第に上昇していき明るい解決へ向かう。そういう選曲もなかなかのものだし、何より技巧のタフなこと。それが見かけによらずにすごい。

最後の「夜のガスパール」もそういう見かけと、演奏の奥底から湧き上がってくる技巧の凄みとのコントラストが際立ちます。この曲を聴くと、すぐにアルゲリッチのLPレコードのジャケットが目に浮かんできてしまいます。あの当時、それほどインパクトのある演奏でした。それを、いま昼前の池袋で普段着の若者が苦もなく弾いている。弾き終えても、疲れもなにも見せず、さっぱりとした表情が何ともさわやかです。

今の日本の若手演奏家は、すごいことになっている…そう感じさせてくれたブランチコンサートでした。


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芸劇ブランチコンサート 名曲リサイタル・サロン
第20回 伊舟城 歩生(いばらき・あゆむ)
2022年9月28日(水)11:00~
東京・池袋 東京芸術劇場コンサートホール
(1階P列21番)

モーツァルト:ピアノソナタ第3番 変ロ長調 K.281

ラフマニノフ:前奏曲「鐘」op.3-2
ラフマニノフ:10の前奏曲 op.23より 第6番 変ホ長調、第8番 変イ長調

ラヴェル:夜のガスパール

(アンコール)
ラフマニノフ:この夏の夜 op.14-5 (アール・ワイルドによるピアノ編)

ピアノ:伊舟城歩生
ナビゲーター:八塩圭子
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ピノックと室内オーケストラの幸福な邂逅 (紀尾井ホール管弦楽団定期) [コンサート]

第132回の定期は、トレヴァー・ピノックの第3代首席指揮者としての初の登場。コロナ禍やピノック自身の体調不良で遅れ遅れになっていたもの。高齢のこともあって不安に思っていましたが、それを吹き飛ばす素晴らしい演奏でした。

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ピノックの持ち味がとてもよく出ていたのが、ショパンの協奏曲。素晴らしくフレッシュな演奏。

彼の指揮は、紀尾井ホール室内管の美質を最大限に引き出したもので、小編成ならではの透明な響きと音色の鮮やかさで、その分、ピアノの繊細なディナミークでの素直で清新な歌いまわしが引き立っていました。

この協奏曲が書かれた時、ショパンは20歳前、ほんの少し前までベートーヴェンもシューベルトもまだ生きていました。そういう素朴な古典的編成で書かれた曲ですが、その後のピアノという楽器の進化とコンサートホールの巨大化と商業化もあいまって二十世紀の巨匠たちは思い切り肥大したロマンチシズムをこの曲に求めてきました。そのことでオーケストラとのバランスを崩し、そこからくる不満がショパンのオーケストレーションへの批判や管楽器を増強するなどの改変を招いたのだと思います。同時に、ショパンのカンティレーナの手法を思い切り抒情的歌謡的に強調し、高音のきらめきや細かい指の動きでクリスマスツリーのように飾り上げていきます。

音楽評論家の吉田秀和は、ショパンについて「協奏曲にしても、どうせ通俗的な名曲とわりきってしまえば…」と厳しい言辞を投げつけていました。それは、肥大化したショパンという風潮の真っ只中にあったからなのだと思います。

この10年ほど、そういうショパンに新しい風が吹いています。

ショパンの時代は大きな演奏会の機会は少なく、協奏曲でさえ、むしろサロンで室内楽として弾かれる機会が多かったのだとか。それが作曲家自身が室内楽として演奏可能なようにスコアへの添え書きとして残されています。そういう室内楽版が盛んに演奏されるようになりました。エラールやプレイエルの歴史的楽器の演奏も盛んです。その室内楽版のほうが、二十世紀の巨匠たちの演奏よりもずっと面白いし、しっとりと楽しめます。今回のピノックとドヴガンの演奏は、編成が小さいというだけでなく音響バランスも奏法の綾もこれによほど近い。しかも、今回の演奏は、管楽器群の演奏も冴え渡っていました。パンと弾けるようなトゥッティの強奏は、室内楽では得られない。冒頭のトゥッティのアタック、読響首席・武田厚志のティンパニは見事でした。これこそ二十歳のショパンが書いた逸品の本当の姿だという説得力に満ちています。日本デビューというドヴガンは、ピアニシモが美しく素直でディナミークを抑え気味、飾らない歌が出色の魅力。なるほどピノックのお気に入りだと納得です。背も高く大人びた表情なので、拍手に応えてペコッと挨拶する幼い仕草でようやく15歳だということに気づくほど。大変なポテンシャルの持ち主です。

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ドヴガンは、現在スペイン在住とのことですが、アンコールではジロティのバッハを弾いて、自分がロシアピアニズムの正統であることをしっかりと誇示していました。

翻って、プログラム最初のワグナーが、初演時の弦楽五重奏ではなく複数プルトの弦楽アンサンブルへの拡大版というのが、これまた室内オーケストラの妙でした。弦楽アンサンブルの響きにはむしろ厚みがあって、室内楽版の演奏にあるような夢見るようなソロの線の艶やかさではなくて、厚みのある至福の響きが馥郁と香り立つ。オーボエに久々に正団員の池田昭子が登場し美しい音色が聴けたのがうれしいし、クラリネットに東響首席のエマニュエル・ヌヴーが参加するなども木管楽器が刷新されて見事な演奏を聴かせてくれる。その音色の鮮度が高いのも室内オーケストラの妙であるわけです。

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ピリオド奏法的なピュアトーンと正統古典派編成がもたらす若々しいシューベルトのすがすがしさ。晩年の長大な歌の変成転成とは違って、短いモチーフを展開させていく古典的手法がかえって清新なイメージを与えてくれる。特に音の透明度、旋律線が明快なことは、やはり、イングリッシュ・コンソート以来、長く培ってきたピノックの美点なのだと思います。実は、以前にピノックが客演したときのモーツァルトにはすっかり落胆させられたのです。今回、見違えるように美音が凝縮した生気あふれる演奏となったのは、やはり、コンサートマスターに久々にバラホフスキーが帰ってきてくれたからだと思います。もちろん紀尾井ホール室内管の成長もあったからこそとは思いますが、バラホフスキーの個々の指揮者の個性に対する追随力とそれを楽団員に伝えて統率する力には抜きん出たものがあると感じます。

ピノックが新たな首席指揮者として素晴らしいスタートを切ってくれたことはうれしい限りです



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紀尾井ホール室内管弦楽団 第132回定期演奏会
トレヴァー・ピノック第3代首席指揮者 就任記念コンサート
2022年9月24日(土) 14:00
東京・四谷 紀尾井ホール
(2階センター 2列13番)

トレヴァー・ピノック 指揮
アレクサンドラ・ドヴガン ピアノ
アントン・バラホフスキー コンサートマスター
紀尾井ホール室内管弦楽団

ワーグナー:ジークフリート牧歌
ショパン:ピアノ協奏曲 第2番ヘ短調 op.21
(アンコール)
J.S.バッハ:ジロティ編:前奏曲第10番ロ短調 BWV855a

シューベルト:交響曲第5番変ロ長調 D485

(アンコール)
シューベルト:ロザムンデより間奏曲第3番

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「ジャカルタ・メソッド」(ヴィンセント・ベヴィンス 著)読了 [読書]

プーチンによるウクライナ侵攻と中国の対外的拡張姿勢を目の当たりにする、今の国際情勢のなかで、インドの外交姿勢が注目を集めている。

インドのモディ首相は、安倍元総理の国葬に出席し、「自由で開かれたインド太平洋」という安倍外交への支持を強く印象づけた。もともとインドは日米豪印の協力枠組み「クアッド」の重要な一角を成している。その一方で、モディ首相は、中国の主導する上海協力機構(SCO)の首脳会議にも出席し、プーチン大統領とも直接会談している。

いったいインドは誰の味方なのか?インドはプーチン政権への経済制裁にも同調せず、大量のロシア産原油を輸入してロシアを経済的に援けている。そのどっちにも味方して利を得る狡猾な印象さえ与えている。

かつて「第三世界」という言葉があった。

「第三世界」とは冷戦時代に使われた言葉。アメリカを中心とする西側諸国を「第一世界」、それと対立するロシア(ソヴィエト連邦)、中国を中心とする東側諸国を「第二世界」と位置づけ、第三世界とは、第二次世界大戦後に欧米諸国の植民地支配から独立したアジア・アフリカ諸国を指し、こうした国々は東西のいずれにも属さない「非同盟」を標榜した。

その象徴となったのが、1955年にインドネシアのジャワ島の都市・バンドンで開催された第一回アジア・アフリカ会議だった。東西冷戦における中立的立場と平和主義を共有する各国は、「平和十原則」を宣言する。十原則には、「国連憲章の尊重」「全ての国の主権と領土保全の尊重」「内政不干渉」「国際紛争の平和的手段による解決」などを謳うとともに、「集団的防衛を大国の特定の利益のために利用しない。また他国に圧力を加えない」ことも宣言している。

このバンドン会議において主導力を発揮し、いわば第三世界のリーダーと目されたのが、インドのネール首相やエジプトのナセル大統領、中国の周恩来首相とともに、インドネシアのスカルノ大統領だった。

こうした非同盟運動は、中印紛争やナセルによるアラブ連合形成の失敗などで内部崩壊した一面もあるが、決定的だったのは1965年のインドネシアで起こったクーデターによるスカルノの失脚だった。

本書は、このインドネシア国軍によるクーデターとそこで起こったインドネシア共産党(PKI)に対しする大量殺戮が、実は、米国の保守党や反共主義者たちが主導し、米軍とCIAが実行させた陰謀であったことを暴露している。一般市民を巻き込んだ大量殺戮はすさまじく今もインドネシア国民の心のトラウマになっているが、反共主義者たちが目の敵にしたPKIはまったく丸腰だった。当時、中国共産党の関与が言われたが、ソ連も中国もインドネシアの政体を変える気もなく、実際のところ自分たちのことで精一杯でそれどころではなかった。

アメリカの反共主義者たちは、インドネシアにおける成功体験のことをひそかに「ジャカルタ・メソッド」と呼び、これをひな形にして南米諸国や中東、東南アジアやアフリカなどで自分たちに都合の良い政権を作るために狂奔することになる。そこには、軍事政権の圧政や専制主義、基本的人権の蹂躙など、まさに平和と人権・福祉が実現する豊かな社会を夢見た市民たちの死屍累々たる惨憺たる世界となる。こうした第三世界というものが圧殺されしまう。

今の日本の世論は、ロシアのウクライナ侵攻、中国の脅威を言い立てて防衛力強化一辺倒だけれども、本当に国際社会のリアルを直視しているのだろうか。《米国の都合のよい国》に成り果てていないか?

インドやトルコの外交を単にどっちつかずの狡猾外交と決めつけてよいのだろうか。中国への敵意を強めるばかりで良いのだろうか?

かつて、インドネシア・ジャワ島のバンドンに集い、国と国との対話の架け橋となり、公正で、民主的な国際秩序の樹立を目指すことを夢見たスカルノらの《非同盟運動》の理想を今こそ思い返すべきなのだと思う。

その理想を潰したのは、米国だったことを忘れてはならない。



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ジャカルタ・メソッド
反共産主義十字軍と世界をつくりかえた虐殺作戦
ヴィンセント・ベヴィンス 著
竹田 円 訳
河出書房新社
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プロミスト・ランド (GIPラボ訪問記《後編》 仙台オーディオ探訪 その6) [オーディオ]

GIPラボを訪ねて、持参したCDを聴かせていただいた…というお話しの続きです。

最初に聴かせていただいたのはGIPスピーカーの最高峰とも言えるGIP-7396。
http://www.gip-laboratory.com/seihin7396system.html

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鈴木社長のオーディオの原点は、自分がステージに立っていて聴くサウンド。

自身が音楽家なのでそういう立ち位置で聴いてきたからだそうです。クラシック好きなオーディオマニアは、よく2階席最前列からステージを俯瞰するなどとよく言いますが、もちろんヴィンテージユニットはそういう甘めのサウンドも得意ですが、そんな遠くて薄い音では満足しない。

すべてのシステムが、低域は20Hzまで再生できているそうです。アンプは提携している韓国製の真空管アンプ。100dB越えの大爆音にも余裕で耐えるとか。「ほんとうの生の音はそんな音量では鳴っていないのですが、オーディオというのは時としてそれを求めるひともいらっしゃいますからね。」とニヤリ。

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アラウのピアノが眼前に現れ、その巨大なセンター音像にもかかわらずスピーカーの横幅以上にオーケストラは拡がって強靱なトゥッティを鳴らします。それでいてアラウのタッチは強く美しく、オーケストラの細部までくっきりと描出する。

このアラウの「皇帝」について、「これはこの曲のなかでも最高の演奏のひとつですね。会場のドレスデン・ルカ教会は、響きが豊かで第2番など当初の録音は響き過ぎでしたが、この第5番では録音も最高です」と、これをかけた私の心の内を見透かすようなことを仰って喜ばせていただきました。

二番目にお聴かせいただいたのは、ウェスタンの傑作WE-555を忠実に再現したドライバーにスクリュースロートの巨大なホーンを組み合わせたユニットを中心にしたシステム。

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ここでかけていただいたムターの巨大な音像にも度肝を抜かれました。ウィーン・フィルはさらに広大でソロを囲いこむ。とてつもないスケールの大きさです。そういう音像の大きさにもかかわらず、ムターの繊細で艶麗な音楽の動きがよく見えるのは驚きです。

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「先日の地震でちょっと狂っているかもしれません。」という、さりげない鈴木社長の言葉にちょっとはっとしました。他のシステムは正確でしたが、このシステムだけはソロの高域の定位が不安定でした。そのように率直に申し上げると、「このシステムはツィーターが動きやすいんです。」とさらり。何より驚いたのは、こんなモンスターシステムでもスピーカーのアライメント、左右の焦点を厳密に合わせておられるということ。

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ウーファーは左右を2対、合計4本のユニットを向かい合わせにしたセンターウーファー的なエンクロージャー。これでも全体的な音像のパースペクティブは少しも損なわれていません。

「ピアノの音もオルガンの音も、その頭の一瞬をカットしてしまうと、どちらの音かわからなくなってしまう。」と鈴木社長。トランジェントのこと。楽器の“らしさ”(個性)を決めるのはアタック部分。ここがちゃんと再生できているかどうかが極めて大事で、それはシステムの立ち上がり/立ち下がり、スピードの問題になります。このことは私も日記に書いたことがあります。WEレプリカの励磁型ドライバーは、この点で理想といっても良い究極のサウンドなのです。

ここで、Harubaruさんから聴いたばかりだからと幸田浩子さんもかけていただきました。

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これにはもう参りました。これが大正解というべき音像定位です。システムによってあれこれ変わる弦楽器パートの定位ですが、逆に、この見事な楽器配置の再現とその奥行き感で、自分が持っていたイメージで正解だと自信がつき、むしろ、ほっとしたほど。幸田さんの高音フォルテの部分もいささかも力みがなく透明感をいささかも失わず伸びきっているのは驚異的。

鈴木社長がこれも聴いてみてくださいとかけたのは、あの「カンターテドミノ」から《Cantique de Noel (O Helga Natt)》です。

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ヨーロッパのオーディオショーでこれをかけると聴いている人々が軒並みボロボロと涙を流してしまうそうです。コーラスの響きも濁らず響きが豊かで、パイプオルガンの響きは臨場感満点。20Hzの低域まで完璧に鳴らし切るそうです。中央のソプラノソロの高さはコーラスとほぼ同じ位置で前面に定位し、その位置は曲の繰り返しでも変わりません。こういう高さの表現は、小型スピーカーを一般家庭のスペースと鳴らすのとではちょっと違うようです。


三番目は、その反対側に設置された、GIPのなかでも一番の人気システム-GIP-9501。

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ウッドホーンとツインウーファーのエンクロージャーが美しい。そして真鍮製の金色のトゥーターが何とも艶めかしく、とにかく見た目がハンサムなシステムで人気が高いというのもよくわかります。

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特別仕様なのか、ツィーターがもう1本追加されてかなり外向きにセットされています。恐らく高域の指向性を確保し、空気感やステージを大きく広げる意図で追加されたのだと思います。

しかし、このシステムの魅力はやはりそのサウンドです。広い邸宅の大広間であれば納まりそうなサイズは、他の巨大システムに較べると個人オーナー向きとも言えますし、何よりも引き締まった美音が素晴らしい。

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ヴィヴァルディの4つのヴァイオリンのための協奏曲は、ハイエンドシステムだからと言っても簡単には鳴ってくれない、いわゆる「羊の皮を被ったオオカミ」的ソフト。それをこれほど楽々と鳴らし切ったシステムは初めて。鮮度の高い生々しさと、楽器の1台1台が見えるような存在感と分解能と、イタリアの弦楽合奏団らしい輝かしく艶やかな音色がほんとうに心地よい。かなりの音量ですが、大きなステージで展開し、肥大した不自然さを少しも感じさせません。

もうひとつの、広い応接間といった部屋でも聴かせていただきました。写真を撮り忘れてしまいご紹介できないのが残念ですが、これも信じられないほど現代的なハイエンドサウンドを聴かせてくれます。

これなら家庭での導入は現実的かなと思わせるサイズですが、それでも私にとって聴き慣れている秋葉原・アムトランスの試聴室のGIPシステムよりも大きいそうです。

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ここでは、ヘルゲ・リエン・トリオのテイク・ファイブをかけていただきました。ベルやウィンドチャイム、あるいはアンティークシンバルなのか多彩な打楽器を叩き分けた金属打楽器が実に澄み切った美音に響く。しかも、これだけの音量でトリオのアンサンブルが鳴らされているなかで、その金属音が美麗に揺れているのがはっきりと聴き取れます。シンバルやハイハットもリアルで、これほど金属打楽器をリアルに鳴らすシステムはいままで聴いたことがありません。ピアノの低域のトリックも目に見えるようで決してベースと混同することもありません。もちろんそこから始まるベースの強烈なボーイングの迫力も満点。



ほんとうにオーディオというものの贅沢さ、醍醐味を満喫させていただきました。お茶の間オーディオの私としてはとても手の出るものではありませんが、ここで学び取れることは数えきれません。何よりも、目標、理想とでも言えるサウンドを耳に焼き付けることができました。もちろんウェスタンというものへの畏敬の念がさらに拡がる。まさにオーディオ好きにとってはいつかはたどり着きたいプロミスト・ランド。

気さくに受け入れていただき、歓待していただいた鈴木社長にも、ご案内いただいたM1さんに大感謝です。

かみのやま温泉駅から新幹線に乗り込み、シートに背を深く沈めると何だか夢見心地。本当に充実した楽しいオーディオ行脚の二日間でした。お誘いいただいたHarubaruさんにも最後になりましたが感謝です。


(仙台オーディオ探訪 終わり)
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オーディオの楽園 (GIPラボ訪問記《前編》 仙台オーディオ探訪 その5) [オーディオ]

仙台オーディオ探訪ツアーの続きです。
 
M1おんちゃんさんの別荘でのオフ会の翌日、そのご案内で蔵王をひとめぐり。
 
子供の頃は、よく蔵王にスキーに連れて行ってもらったので懐かしい。遠刈田から蔵王エコーラインを上って、蔵王刈田岳山頂に行きました。
 
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駐車場から10分ほどのお手軽登山ですが火口湖である御釜を眼下に望む眺望が素晴らしい。小学生の頃に父に連れられて登った思い出深い場所で、車なんかなかった時代ですから疲れ果てた表情で写っているセピア色の写真がいまも思い出のアルバム帳にあります。
 
そこから山形県側に下っていくと、そこはすぐに上山市。GIPラボ(G.I.P.Laboratory)は、その町の中心にあります。M1さんは以前に訪問されたことがあってすでに顔なじみだそうです。そういうご紹介もあって、鈴木伸一社長の大歓待を受けました。
 
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昼食は、山形名物の冷やしラーメン。冷やし中華ではなくて「ラーメン」。スープも何もかも冷たい独特の味わいで初めてでしたがおいしかった。
 
鈴木社長はとても気さくな方。気難しい職人気質の人を想像していたら全然違っていました。高校時代に一念発起しピアノをにわか勉強して東京芸大楽理科に合格。音楽評論家の吉田秀和氏の書生になったり、音楽評論の代筆仕事で生活費を稼ぎ、時には銀座のピアノバーでピアノ伴奏をしたりと何でもやったそうです。その後、中国の大連に派遣されて、音楽院の創設に尽力されたとか。まさに波瀾万丈の人生でいらっしゃる。
 
エンジニアというより、そもそもは、音楽家。それと同時に若い頃から熱烈なオーディオ好きだったそうです。それが、故郷に戻られてGIPラボの事業を始められた一番の理由というわけです。
 
GIPは、ウェスタン(Western Electric)の励磁式スピーカーのレプリカということで知られています。確かにHPには、ウェスタンの歴史が熱く語られていますが、よく読むと結末には真に『オーディオの原点であり頂点』とあります。現代オーディオの頂点としてのユニット作りやシステムを追求していて、たまたまその究極として行き着いたのがウェスタンの励磁式スピーカーなのだそうです。「いわゆるウェスタンのファンの方に聴いてもらうと、かえって、「え?違う…という顔をされます」「時にはこれはウェスタンじゃないとまで言われてしまう」と笑っておられました。
 
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実際に、オリジナルのユニットとGIPのレプリカと両方を見せてもらいました。オリジナルは経時劣化でボロボロだし、修理の手が入っています。こうしたヴィンテージものはオリジナルとは別物の音がするとか。レプリカといっても最新の工作技術で精密そのもの。オリジナルの時代には職人の手溶接でしか作れなかったものも一体削り出しで製作されています。まさにホンモノ以上のコピー。
 
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磁性体は、純鉄とコバルトの1:1の合金パーメンジュールが使用されています。ユニットのひとつを持ち上げてごらんというので取っ手を両手で持ち上げようとしましたが上がらない。50kg弱もあるそうです。レプリカというものには、コバルトを30~40%しか入れていないまがい物の合金を使っているものあるそうです。GIPはそういう妥協を許さない。
 
試聴室は、鈴木社長の家業である眼鏡店に隣接するビル一棟を買い取ったもの。現在、大規模な改修中でしたが、そのフロアをいっぱいに使っていてそこに数台の巨大なスピーカーシステムが四方の壁に設置されています。
 
持参したCDを聴かせていただきました。
 
 
最初は、GIPスピーカーシステムの最高峰とも言えるGIP-7396。
 
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これは凄まじいほど豪放なサウンドでいきなり度肝を抜かれました。
 
 
長くなりそうなのでこの続きは続編へ。
 
(続く)


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森のなかのリスニングルーム (M1おんちゃんさん別宅訪問記 仙台オーディオ探訪 その4) [オーディオ]

仙台の熱い皆さんをお訪ねするオーディオ遠征ツアーのお話しの続きです。
 
Yさん宅でのオフ会が少し長引きましたが、M1おんちゃんさんの運転で、Harubaruさん、Yさんの3人で、M1さんの別荘を目指します。そこにはすでにEさんがお腹を空かしてお待ちかね(笑)。途中でスーパーに寄って弁当やつまみ、お酒を買い込んで山を上っていきます。すっかり日が暮れて、山の端には中秋の名月がぽっかりと浮かんでいます。
 
懇親会も兼ねた宴会はすっかり盛り上がりました。
 
オーディオ談義もさることながら、Yさんの音楽談義も楽しいものでした。皆さんのメートルが上がるにつれて、その内容は微に入り細に入り、どんどんと熱を帯びていきます。面白かったのは、Yさんの「クラシック音楽はテンポがめちゃくちゃ」というもの。さすがバンドのリズムを支えたYさんです。「リズムは正確にきっちり刻むもの。クラシック音楽はその点いい加減で聴いていて気持ち悪くなる」というわけです。
 
なるほど、確かにクラシックは、アゴーギグ(テンポやリズムの揺らぎ)の妙を競うところがあって極端なルバートに大喝采を送る通ぶったファンも多いですね。その辺りは、特に、ロマやユダヤなどの音楽の影響を受けた中央ヨーロッパの音楽に色濃い。私も、ウィンナワルツの三拍子の不等価性を引き合いに出して応戦です。その点、アフリカやラテンなど第三世界の音楽はリズム中心。インテンポで正確で複雑なリズムが繰り返されていくことに高揚感があるというわけです。
 
そんなこんなで、話しはいつまで経っても終わらない(笑)。本題に入ろうということで、やおら皆さんが立ち上がったのは夜もとっぷり更けてからのこと。
 
M1さんの別宅は、別荘とはいえ大きなリビングルームがあって、そこで三種類の大型システムが楽しめるようになっています。本宅のハイエンド王道のシステムとはちょっと趣向が違っていて、いずれもそれぞれに一家言ある個性派のシステムです。M1さんは、多い時は毎週のようにこの隠れ家に通って楽しんであられるのだとか。まったくうらやましい限りです。
 
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部屋を縦使いにして、正面は、JBL K2をオール・マッキンでドライブするという、ある意味では本宅とは対照的なハイエンドシステム。
 
後面は、フラットスピーカーのFALを据えてこれを真空管アンプでドライブするというもの。
 
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FALは、その昔、秋葉原の外れの横町の工房を訪ねたことがありますが、一般家庭でこれを聴くのは初めてです。
 
その足元にはまたまたウェルデルタ。
 
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かつてショップで聴いた印象からは、ずいぶんと進化しています。ピンフォーカスの清澄な音像輪郭はそのままに、音場の前後左右の立体感もとてもナチュラル。こうした個性もウェルデルタの導入でさらに生きてきたとのことです。実験的に、もう少し壁から離して部屋中央側に引きだしてみました。こういうチューニングもこれからいろいろ楽しめそうです。
 
中間に、横使いでハーヴェスまであります。
 
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M1さんは、表向きは、シンプルな王道をゆくシステムで楽しむ温厚なオーディオ愛好家といった面持ちですが、その背後には長いキャリアを積み重ねてきたとてつもない機器蒐集家ともいうべきオーディオフリークなのですね。その素顔がこの秘密の隠れ家的リスニングルームにひそんでいました。
 
Harubaruさんの提案で、本宅から持参してきたバベルを、正面システムのトーレンスの下に入れてプレーヤー全体を持ち上げてみました。
 
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アナログプレーヤーにもバベルは絶大な効果があるとのこと。
 
確かに私も、プレーヤーの下にウェルフロートボードを入れていますし、さらにラックにもウェルデルタを導入したところ、よりSNが上がって音楽の細かな彫琢まで拾い上げるようになったと感じています。アナログがデジタル的になる感覚です。ここでも同じことが起こっているということだけは言えます。
 
むしろ、精密度が飛躍的に増したバベルでこそ、機械振動とのインターフェースであるアナログプレーヤーには効果的だとのこと。見かけは、何だかちょっと不安定なので、がっしりどっしりを好む伝統的なセッティングのイメージに反するところがありますが、CDプレーヤー本体や外部クロックと同じようにSNが上がって音楽のディテールが浮かび上がってきます。
 
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比較試聴としては、私もいささかアルコールが過ぎて、しかも、太田裕美ときてはもうメロメロです。あまり冷静に聴けていませんし、記憶も不確かです(笑)。ここではこれ以上の詳細コメントは控えさせて頂きます。
 
懇親宴会、オーディオ談義、音楽談義、さらにはバベルの比較試聴と、本宅以上に盛りだくさんでこの上なく楽しいオフ会でした。あっという間で、気がついたらもう11時を過ぎていました。
 
近くの遠刈田温泉の宿に宿泊し、翌日は再びM1さんのご案内で蔵王を経て山形側に向かいます。この続きは、さらに続編ということで。
 
(続く)


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バベルの恩寵 (M1おんちゃんさん本宅訪問記 仙台オーディオ探訪 その3) [オーディオ]

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仙台オーディオ探訪の旅。ウェルデルタ導入の成果に驚喜されたM1おんちゃんさんが、さらに検討されているのは…というお話の続きです。


それは、ウェルフロートの最新のバベル。


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M1さんは、その貸出しを受けたので、実際にすでに導入されているHarubaruさんのアドバイスをいただきながら、私、さらに同好のEさんも交えて四人で聴き較べをしてみようというのが、今回のメインイベントなのです。


Harubaruさんのアドバイスで、最も効果がありそうな外部クロックとCDP本体をバベルの上に置くことで比較することにしました。バベルは一台しかないので両方に挿入するというわけにはいきませんが、それでも4通りの比較となります。さらに、私の提案で、外部クロック無し(内部クロック)での試聴も加えてもらいました。


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ソフトは、結局、私も聴き慣れたこれ。Harubaru邸でも果てしなく繰り返したことがあるおなじみのCDです。ボーカルやストリングスもあり、ベースのピッツィカートもあって皆さんにも聴きやすいソフトです。


このソフトの、比較試聴のチェックポイントについては、以前にHarubaruさんのところでのオフ会日記に書いたことがあります。そちらからそのまま引用します。


 ①(00:01~)弦楽オーケストラの立体感、チェロ序奏とコントラバスの定位

②(00:37~)ボーカルの定位・前後の立ち位置

③(01:14~)コントラバスのピッチカートの響き

④(01:50~)バックの弦楽オーケストラの各パートの分離、折り重なる音色と響き

⑤(02:28~)ボーカルの高音フォルテの声色、透明感、抜けや伸び(そのⅠ)

⑥(03:00~)弦楽オーケストラのヴァイオリンパートの音艶、響き、各パートの分離

⑦(04:18~)ボーカルの高音フォルテの声色、透明感、抜けや伸び(そのⅡ)




さて…


(以下は私の個人的な印象です。)


(1)外部クロック

(2)内部クロック(外部クロックを外す)


(1)と(2)の対決ですが、これは面白いことになりました。(2)内部クロックのほうが、わずかながらですが良いと感じるのです。よりナチュラルで定位も少々ほぐれてきて好ましい。外部クロックが必ずしも良いとは限らないのです。


(3)内部クロック(本体+バベル)

さらに良くなりました。高弦が落ち着き、ボーカルの透明感が増します。やはりバベルの効果は顕著に現れます。


(4)外部クロック(本体+バベル)

これには驚かされました。外部クロックの効果がここで現れました。つまり、(4)は単に(3)に外部クロックをつなぎ切り換えただけなのですが、特にボーカルの透明感が増してきたのです。幸田さんの伸びやかなソプラノが心地よい。弦楽オーケストラの定位がさらにほぐれてきてアンサンブルの中の個々の楽器の美しい線も見えてきます。


(5)外部クロック(外部クロック+バベル)

ここでバベルを本体から、外部クロックの下に敷きました。もともと外部クロックはフロアにベタ置きでした。この変更はとても大きかった。間違いなくこれがベスト。ボーカルの高音フォルテのところにどうしてもつきまとっていたビビリ、いきりのようなところが顕著に減じてきました。

もっと驚いたのは、弦楽器群の各パートの定位や存在感。特に序奏部でのチェロとコントラバスが中央にべったりと凝集してしまっていたのが(5)になって劇的に是正されました。以前は、こういう定位や空間表現はもっぱらスピーカーのセッティング(焦点合わせ)だと思っていました。いわゆる“トントン”です。しかし上流の対策によっても変わります。今回もスピーカーには一切手を触れていません。



結論を言えば、バベルはクロックに最も顕著な効果がある、ということです。比較したケースでは、外部クロックにバベルを入れるのがベスト。当初の比較では外部クロックそのものの効果にかなり疑問符がつきました。つまりは、外部クロックは万全の振動対策をしてこそ初めて本領を発揮するということです。


これだけ改善すると、聞こえているサウンドの世界が変わってきます。


当然、まだまだバベルをどこにどのようにセッティングするかは、今後も引き続き検討されるでしょうし、複数導入することもあり得るわけですし、ラック内部などスペースが限られる場所では、ウェルフロートボードの追加などもあり得るわけです。そういう検討のステージでも聞こえているクォリティが上がると、今までになかった気づきもあり、耳の感応度も上がり、問題箇所の発見も容易になっていくのだと思います。


すぐに気づくこととしては、スピーカーのウェルデルタの底部にフェルトを貼ること。AVとの入れ替えなどには床も傷つけないし、とにかく音のクウォリティがさらに上がります。バベルで持ち上がる場合、エソテリックの脚(ピンポイント脚)の受け側になるフットスタンドが宙に浮いた状態になり振動するので、フットスタンドを全て外してしまうことなどです。


M1さんは、リスニングルームを大幅に改修されることを考えておられるとか。どのような構想をお持ちなのかお聞きしませんでしたが、とにかくバベルでレベルアップされた聞こえ方で、様々な気づきとアイデアが浮かぶと思います。オーディオはよく泥沼などと言われますが、そういうスパイラルアップがあるから、これまた楽しいのです。


その後、場所を変えてのバベル実験は続きます。M1さんは、蔵王のほうに別荘をお持ちで、そちらでもまた違ったステレオセットを複数お持ちなのです。長くなりましたので、そのお話は、また、続編ということで。


(続く)

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何も足さない・何も引かない (M1おんちゃんさん本宅訪問記 仙台オーディオ探訪 その2) [オーディオ]


M1さんは、仙台の閑静な住宅地にお住まいです。車で仙台駅までお迎えいただきそこからご自宅に向かいます。青葉通りを青葉城のほうに向かい大橋で広瀬川を渡ると、そこは東北大学の広大な川内キャンパスが拡がっています。仙台で生まれた私自身、大昔にこの地域に住んでいたことがあるのでとても懐かしい。仙台二高を通り再び広瀬川を渡り大前神社の前を通り過ぎる。幼少の思い出に、正月のどんと焼きの思い出がよみがえります。そんなローカルな昔話が通じるうれしさに気持ちは早くも高ぶってしまいます。
 
M1さんの、システムは、ハイエンドの王道ともいうべきB&W800D3とEsotericのフラッグシップ機という顔合わせで実にオーソドックス。部屋もオーディオ専用でうらやましいほどのスペースを確保されていますが、そのスペースでさえ狭いと思えるほど大柄な機器がぎっしりと並べられ、壁にはCDやLPレコードが詰まっていて、いかにも充実したオーディオライフを楽しまれているご様子。
 
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さらには、全く別系統のAVも楽しまれておられるということですが、私もHarubaruさんもピュアオーディオ派ということで、2chのみを聴かせていただきました。
 
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そのサウンドは、ハイエンドの王道というにふさわしいもの。M1さん曰く、ほとんどポン置きのままとご謙遜ですが、確かにとても素直なサウンドで、あれこれ弄らない、いわゆる「何も足さない、何も引かない」というウェルバランス。B&WやEsotericそのものの素性がそのまま出ています。Yさんがマルチシステムの音色バランスの模範として何度も通ったというお話しにもうなずけます。
 
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時間も限られていたので聴かせていただいたソフトは限られますが、印象的だったのはファウストのバッハ無伴奏ソナタ。
 
これまでこのCD(SACD)を聴かせていただいたなかでも最上と言っても過言ではないバランスのとれた音色でした。やはり、ハイエンドの王道の機器からそのままに素直にそのサウンドを引き出しておられるということに尽きるのでしょう。
 
このソフト、決してオーディオ映えする録音ではないと思えるのですが、しばしばオフ会のデモで取り上げられます。しかも、決してその再生は容易ではないのです。使用している楽器は、150年ものあいだ屋根裏に死蔵されていて弾かれることのなかったストラディヴァリウス『スリーピング・ビューティ』。ファウストが最初に鳴らし込むのに5年かかったというのも頷けるように、基音に対して高域倍音がとても豊かな独特の音色です。倍音が立ち過ぎて基音がなかなか聴き取れないとか、逆に、倍音が不足して楽器の個性が聞こえてこないとか、再生システムの音質に個性があると、かなりまちまちの再生音になってしまうところがあります。一聴してファウストだと感じさせ、音色に違和感がない…そういうことはとても稀なことなのです。
 
「ポン置きのまま」とのことですが、実は、ごく最近、大々的にウェルデルタを導入されたとのこと。
 
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800D3の足元を見ると、なるほどウェルデルタになっています。ついこないだまでは、竹集成材を使用した重量級のボードを使用されておられたそうです。なるほど傍らにはヴァイオリンのf字孔のようなものが空いたボードが放り出してあります。それをウェルデルタに置き換えて、その違いに驚喜されたのだとか。
 
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デジタル系のラックの足元も、同じようにウェルデルタが導入されています。こちらもその成果を発揮したとのこと。定評のあるラックでも、足元にウェルデルタを加えると音が違う。屋上屋を架すような話しだし、しかもラックで音が変わるのかと初めは誰もが半信半疑ですがその効果はてきめん。しかも、音に色づけするようなところは全く無い、音色やバランスはそのままに解像度や鮮度を上げて、雰囲気や空気感をよりリアルに感じさせてくれる。そういう体験談を申し上げるとM1さんもうなずいておられます。
 
さて…
 
ウェルデルタを一気に導入されたM1さんが、今回、検討されておられるのは…
 
 
 
長くなりましたので、この続きは次回へ。
 
(続く)

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マルチでハイブリッド (Y氏邸訪問記 仙台オーディオ探訪 その1) [オーディオ]

仙台に遠征しました。
 
仙台のオーディオ仲間の皆さんが熱い。しかも、そういう皆さんのあいだで、ウェルフロートの話題が盛り上がっているとのこと。そもそもは、HarubaruさんとM1おんちゃんさんとの間で、ウェルデルタや最新のバベルの使いこなしのことでやりとりがあり、私もお誘いをいただき今回の訪問が実現しました。
 
仙台までは、東京から新幹線であっという間。皆さん、独自の取り組みをされていて、目からウロコもあるし、何よりもその熱心な取り組みと交遊が素晴らしくて、とても楽しい充実したオーディオ交流となりました。
 
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まず最初にご紹介するのは、訪問の順番とは前後しますがYさんのお宅です。
 
デジタルチャンネルデバイダを使用した4ウェイのマルチドライブシステムで、まさにオンリーワンのシステムです。ほとんどが自作で、既製品も使用されていますが何らかの手が入っているようです。
 
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まず、目につくのはスピーカー。
 
根っからのジャズファンだそうで、その中核にあるのはJBL2441ドライバとHL88。HL88は、通称「ハチの巣」。帯域は、760Hz~3.78Hzの音楽帯域のほとんどを受け持っていますので、システムのキャラクターを支配していることは間違いありません。一見、2ウェイのコンパクトスピーカー風に見えるのが、SCANSPEAKのツィターとPURIFIのミッドバスを入れたテーラーメイドの箱。
 
何よりも驚いたのは、ウーファのTAD TL-1601の低域です。軽やかで明解な低音には深みとゆとりがあり、他のユニットとも奇跡的なほどのつながりの良さで、低音楽器の自然な質感を見事に表現していてこのユニットに対する既成概念を大いに裏切っています。とにかくマニアックで個性的な見かけと違って、4つのユニットが一体となって密度の高いサウンドを聴かせてくれるのです。
 
アンプは真空管アンプが主力ですが、重いウーファーには駆動力の高い半導体アンプを投入する。良かれと思えば、デジタルであれ、半導体のハイパワーアンプであれ躊躇なく導入する。オーディオに対する確かな見解と腕力がなければできないことだと思います。
 
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実は、つい最近までは、なかなかこういう低域が出せなかったそうで、この素晴らしい低音と全体的なウェルバランスが実現したのがウェルデルタの導入だったのだそうです。
 
全体的には平行法配置ですが、ミッドのハチの巣だけは少しだけ内向きに調整されています。
 
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セッティングは、レーザーポインターで厳密に墨出ししたとのこと。私が、「え?幾何学的に合わせただけですか?」と問い質すと、「もちろん、それは出発点。その基準点はとても感覚では決められませんよ」と笑っておられます。そうなんですよね。幾何学的に合わせるのはあくまでも出発点。そこからは自分の聴感を頼りにファインチューニングしていくしかない。ハチの巣だけは水平の振り角度が調整できるようになっています。ものすごく手が込んでいて、しかも、実践的。
 
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デクスター・ゴードンのテナーなどは、まさしくJBLならではの質感。腹腔に直接響き魂を震わせるような音はまさにホーンならではのもの。ハチの巣は、けっこう珍しくて、たぶん初めての体験だと思うのですが、これは感涙もの。
 
ところが、このJBLホーンは、クラシックをかけると少しも自己主張せずに、他のユニットとしっくりと溶け込む。これもまた驚愕でした。オイストラフのベートーヴェンのロマンスでは、実にしっとりとした、しかも、オイストラフらしい太めの深い艶のあるヴァイオリンの線の描出が見事で、しかも穏やかなオーケストラのハーモニーが心地よい。
 
この盤は、ドイツグラモフォン(DG)のオリジナル盤のようですが、ジャケットをふと見るとジャケット左上に小さく鉛筆書きで「ffrr」との文字が…。「カーブは、ffrrなんですか?」と聞くと、これはRIAAではまったくダメなんだそうです。
 
Yさんは、アナログ中心に聴かれるそうですが、チャンネルデバイダはデジタル。従ってアナログであってもフォノイコライザーの段階でデジタル変換しています。そのADCも兼ねたフォノイコライザーにM2TECH JOPLINを使用されていて、イコライザーもデジタル。従って手元のリモコンでカーブを一瞬にして切り換えておられます。
 
シベリウスの「フィンランディア」。ストリングスの美しい旋律と、奥まったところからしっとりと響く木管群の音色、咆哮する金管楽器群とティンパニで高揚します。
 
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このカラヤン盤は、ステレオ初期の英国コロンビア盤。「これはカーブは何をつかわれているのですか?」と聞くと、「もちろんコロンビアカーブ」と破顔一笑。RIAAに統一された後のステレオ時代であっても、実際に聴いてみると各社それぞれで、たいがいはRIAA以外の独自カーブのほうがしっくりくるとのこと。こういうイコライザーカーブの違いは、マニアックな議論にもかかわらず、いざとなると確信も持てないしいちいちこの盤はこのカーブとちゃんと切り換えて聴いておられる人には出会ったことがありませんでしたので、思わず「う~ん」と唸ってしまいました。脱帽です。
 
アナログもネットワークのデジタル出力も、すべて、MUTECのDDCで96KHz/24bitに変換してしまいます。
 
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デジタルチャンネルデバイダは、確かに、アナログよりも機能的で位相も正確であるように思えますが、群遅延特性はなかなか解消できません。Yさんによると、そればかりではなく演算速度には帯域特性もあってむしろその弊害の方が聴感上は大きいとのこと。これもまた目からウロコ。これだけ変換、演算を繰り返すと、どうしても音の鮮度も落ちるものですが、聴いていると少しもそういうことを感じさせません。Yさんの話しを伺っていると様々な知見と独自の工夫を凝らしているようで、これほど、帯域が広く自然で、なおかつ、完成度が高く一体感のあるマルチシステムは初めてです。
 
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アート・ペッパーのミーツ・リズムセクションの《 You'd Be So Nice To Come Home To》。軽妙であって、それなのに、どこか切ないまでの哀感漂うペッパーのアルト。その音場感がとてもリアルで実在感があります。
 
このアルバムは、数限りなく版を重ね、ジャズ喫茶のオーナーが音の調整に使ったほど音が良いという神話もあって、デジタル、アナログ復刻盤までオーディオマニアにもてはやされていて、あちこちで聴く機会があります。
 
そういうなかでもYさんの再生は出色のもの。
 
「ほんとうのオリジナル盤であれば、左右泣き別れではなくてころほど自然な音場感があるんです。それは、この《STEREO》のロゴ入りのオリジナルのコンテンポラリー盤だけ。」とうれしそう。
 
確かに、いままで聴いたものは、LPであれCDであれ、左右のステレオ感が強調された、いわゆる中抜けの音がほとんど。ステレオが一般に普及する以前(1957年?)の録音ですから、むしろモノーラル盤こそオリジナルであって音も充実していると言うジャズファンも少なくない。
 
録音エンジニアのロイ・デュナンは、実のところごくありのままに録音していて、リヴァーブなどの加工はカッティングの際に行っていました。保存されたマザーテープの箱には、カッティング時の調整の詳細が彼自身のメモしたものとして残されているそうです。そのロイが自分の思い通りにカッティングしたのは、オリジナル初出盤のみ。その後は、レコード会社のプロデューサーの意向で変えられてしまうのです。特に、当時、普及し始めた一般家庭のハイファイセットでステレオ感を誇示するために、左右の分離をことさらに強調したものが広まってしまうことになるのです。厳重に保管されたマザーテープが残ったおかげで、復刻は可能なのですが、ロイ・デュナンの意図を再現するのはとても難しい。そのことが、このオリジナル盤が珍重されるゆえんとなっているというわけです。
 
「そういうお話は、それなりのジャズファンなら誰でも知っているのですか?」と聞いたら、「う~ん、知っているんじゃない?」とのお答えでした。実のところ、私はそういう話しは、今まで例外的にたったお一人の方からしか聞いたことがなかったのです。あまり知られていないディープなウンチクなのか、あるいは、営業妨害になるのであまり語られていないのか…。
 
Yさんは、オーディオ的な知識、独自の工夫やノウハウも素晴らしく豊富ですが、それがさらに音楽の知識やセンス、耳の良さに裏打ちされているのがすごい。後で、懇親会でお聞きしたら若い頃はジャズバンドでドラムスを担当されていたとのこと。なるほど。
 
この完成度の高い練達のサウンドが、ウェルデルタの導入でようやく達成できたとか、それがつい最近のことだとのお話しは、にわかには信じられません。それほどウェルデルタはすごい最後の最後の決定的なワンピースだったのでしょうか。ビフォー・アフターが聴いてみたかったですね。


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