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カザルス四重奏団による「フーガの技法」 [コンサート]

どうしても聴きたかったカザルス四重奏団。

その「フーガの技法」が素晴らしかった。すごい体験でした。

実は、聴きたかったのはあくまでもカザルスQであって、むしろバッハの「フーガの技法」を聴きたいと思いませんでした。とはいえこの機会を逃してはとの思いで目をつぶってチケットを買いました。

カザルスQの魅力は、その音色と同質的な同調性の極限のようなアンサンブル。特に音色は、ビロードのような滑らかな肌触りで柔らかく細やかな艷がある。同質的でありながら、旋律線は、ほぼノンビブラートに近く明快で艶やかなレガートなので、その個々の四声の絡み合いが美しく浮かび上がります。ピリオド奏法を活かした音色は、ヴァイオリンというよりヴィオールに近くて雅ですが、決して古びたものでもペダンチックなものでもなく、むしろ現代的な美意識そのもの。

使用楽器は、スペイン王室所有のストラディヴァリウスの「スパニッシュ・クァルテット」。クァルテット・セットは、他には、かつてトーキョー・クァルテットが使用していた日本音楽財団所有の「パガニーニ・クァルテット」ぐらいしかありません。

最初に、主題の基本形が示されて四声のフーガに展開していく。すぐに、このバッハの対位法の極致こそカザルスQの結成25年の節目となる記念すべき通過点なのだと納得しました。

そこで、ふと目に留まったのは弓。明らかにモダン・ボウではなくて湾曲の大きめなバロック・ボウ。とはいえ湾曲は古楽派が使うようなレプリカほどではないので特注のようにも思えます。これこそがカザルスQの音色の秘密だったのか…、それとも、今回のバッハ演奏のために特別にしつらえたものなのか…?

後日談になりますが、友人に聞いたところ、翌日の水戸での公演では、バッハ、ハイドン、ベートーヴェンで弓を使い分けていたそうです。すごいこだわりです。

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「フーガの技法」は、例によって楽器が指定されていませんが、どちらかといえばチェンバロやピアノなどの鍵盤楽器で耳にすることが多いと思います。中でもオルガンでの演奏がある意味で王者の位置にあります。ところが、ピアノではどうしてもレガートが出ずに点描的になってしまい多声部のフーガの横の綾がでにくい。あのG.グールドでさえオルガンで弾いている。ところがたいがいのオルガン演奏では、荘重さや荘厳さの過剰なまでの装飾性が過ぎてかえって単調になりがち。とはいえオーケストラなどへの編曲はあまりにも茫洋として退屈してしまいます。

曲が先へ先へと進むほどに、このバッハ晩年の器楽的大作は、弦楽四重奏こそがもっともふさわしい演奏形態であると思うようになっていきます。同族楽器の同質的で調和的な音調にもかかわらず、ひとつひとつの声部の存在感が明瞭で他の声部に埋没することもなく、個々の声部が支配もせず支配もされずに共生し、音楽の目眩くように豊かな変容の瞬間瞬間を出現させていく。

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そもそも、バッハは4段の譜面を残しているのです。その譜面を手にしてステージ上と視線を忙しく行き来しながら聴いたのは正解です。構造的なものは聴覚だけでは捉えきれないからです。五感の全てを総動員して最大限のテンションで聴いているうちに、フーガというものに内在する本能的な高揚感、陶酔感に煽られるように興奮が高まっていきます。衒学的であるがゆえの晦渋、難解さとは無縁の、むしろ音楽の喜悦がまばゆいばかりに輝くように感じて全身がしびれました。

全体は13のコントラプンクトゥスと4曲のカノン、そしてBACHの名前の音列による主題が加えられた未完のフーガで構成されています。

カザルスQの演奏曲順は、ほぼ番号順に進めますが、4曲ずつにまとめ、その間に二声のカノンを挿入する。二声、三声では、演奏しない奏者はステージ奥の両隅に置かれた椅子に控えるという形を取ります。声部の少ないカノンがグループとグループの一種の箸休め的なものとなる。こうした変則的な順番は、ニコラーエワなども行っていますが、カザルスQの曲順はさらに練りに練ったもの。最後の一群に三声の8番と13番の鏡像フーガで終えて、2曲のカノンを演奏した後に再び鏡像フーガの12番に戻ります。

そうやって最後の最後は四声部の曲でクライマックスを形作る。未完のフーガに続けて、静かにバッハの偉業を偲ぶというようなコラールが響き全曲演奏を閉じました。

アンコールにはパーセルのファンタジアが演奏されました。パーセルには、ヴィオールによる四声部コンセールのために作曲された曲がたくさん遺されています。ブリテンが弦楽四重奏用に編曲した「シャコンヌ」もそのひとつ。バッハ以前のヨーロッパ音楽のさらなる源泉へと、カザルスQの旅は続いていくのでしょうか。弦楽四重奏というスタイルは、決してハイドンが突然発明したものではないのですね。

アンコールの「鳥の歌」も感動的でした。もちろん、この四重奏団の冠名であるスペインの誇るチェリスト所縁の曲であることは言うまでもありません。



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カザルス弦楽四重奏団
J.S.バッハ フーガの技法

2023年11月2日(木)19:00
東京・築地 浜離宮朝日ホール
(1階8列12番)

カザルス弦楽四重奏団
アベル・トーマス(ヴァイオリンⅠ)
ヴェラ・マルティネス・メーナー(ヴァイオリンⅡ)*
ジョナサン・ブラウン(ヴィオラ)
アルナウ・ト-マス(チェロ)

*ヴァイオリンは、プログラムの曲によってⅠとⅡを交代しますが、この公演では一貫してアベルがⅠ、ヴェラがⅡを担当していました。


J.S.バッハ
フーガの技法 ニ短調 BWV1080
 コントラプンクトゥス1[4声] BWV1080/1
 コントラプンクトゥス2[4声] BWV1080/2
 コントラプンクトゥス3[4声] BWV1080/3
 コントラプンクトゥス4[4声] BWV1080/4
        カノン14[2声] BWV1080/14
        カノン15[2声] BWV1080/15
 コントラプンクトゥス5[4声] BWV1080/5
 コントラプンクトゥス6[4声] BWV1080/6
 コントラプンクトゥス7[4声] BWV1080/7
 コントラプンクトゥス9[4声] BWV1080/9

 コントラプンクトゥス10[4声] BWV1080/10
 コントラプンクトゥス11[4声] BWV1080/11
  コントラプンクトゥス8[3声] BWV1080/8
 コントラプンクトゥス13[3声] BWV1080/13-1(鏡像フーガ正置形)
         カノン16[2声] BWV1080/14
         カノン17[2声] BWV1080/15
 コントラプンクトゥス12[4声] BWV1080/12-1(鏡像フーガ正置形)
 3つの主題によるフーガ(未完成) BWV1080/18
コラール「われら苦しみの極みにあるとき」 BWV668a(遺稿に残された異版)

(アンコール)
H.パーセル:ファンタジア ヘ長調 Z.737 (June 14,1680)
カタロニア民謡(P.カザルス/R.トーマス編):鳥の歌

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