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ミュンヘン・フィル コンサートマスター就任記念(青木尚佳@紀尾井ホール) [コンサート]

紀尾井レジデント・シリーズ第3弾に青木尚佳が登場。

その青木さん、演奏後のスピーチで「え~、いろいろありまして…」と、ここに至るまでのことを思って感無量の様子。それでも、ちょっとはにかんだような笑みを漏らすだけでほとんど何も語りません。

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実は、紀尾井ホールは初めてではない。昨年春、紀尾井ホール室内管弦楽団の首席指揮者に就任したトレヴァー・ピノックの就任記念コンサートが、ピノックの来日中止という危機にあって、プログラムが急遽変更。突然に指名されてベートーヴェンの協奏曲を弾いたのが紀尾井ホール・デビューでした。それはまさにミュンヘン・フィル コンサートマスター正式就任の翌月のことだったのです。

ミュンヘン・フィルのオーディションを受けたのは2020年秋。その年の春、ミュンヘン音楽大学でアナ・チュマチェンコに師事していた学生生活も終わろうとしていた頃――コロナ禍で予定が全部キャンセルになって今後に悩んでいたことがきっかけだという。

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その時、キャンセルになった東京での公演のプログラムが今回のイザイの無伴奏ソナタ全6曲。そもそも、無伴奏でのソロ・リサイタル自体が初めて。先輩に聞くと「孤独」だけど、その一方でとても「自由」なんだと言う。やってみたら、「客席からの力ももらって…無事に演奏できました」と、晴れ晴れとした笑顔。

――というのが、「いろいろあった」ことのおおよその中身なんだと思います。

このイザイには万感の思いが込められている。相当の準備もしてきたに違いない。そのことで、この曲の演奏を従来のものとは次元の違う高みへと導くことになったのではないでしょうか。以前は、超難技巧曲として取り上げられることが少なかった曲ですが、近年、コンクールの課題曲として常連となったことから若い演奏家が、リサイタルやデビューCDなどで盛んに取り上げる。青木さんの演奏は、そういうアクロバチックな技巧曲とはまったく次元を異にする。

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第1曲目のソナタは、まさにバッハへのオマージュ。当時、バッハの無伴奏を盛んに演奏していたシゲティに献呈されています。二重のオマージュになっている。その分、ちょっと重たいプログラムの開始になりましたが、6曲のソナタへの思いが揺るぎないものであることを宣誓するかのような演奏です。

2曲目のソナタは、ジャック・ティボーに献呈された曲。循環主題的に「怒りの日」が奏されて、激情と苦衷、諦観のような感情が入り乱れる。第1番と同じく対位法的な重音奏法を駆使するが、ほの暗い不気味さを湛えた終末的な「怒り」のテーマがそこかしこに浮かび上がる。

第3番のソナタは、「バラード」と題されてジョルジュ・エネスコの捧げられた。並行的な重音奏法や複数弦を使った激しいアルペジオを駆使して、前半を締めくくる総括的なドラマを展開する。その雄弁さは、技巧の披瀝や顕示のはるか上を行く。

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後半も、律儀に番号順で進みます。けれども青木さんの演奏を聴いていて、第4番からの3曲はその性格を変えていることに気がつきました。バッハと同じ6曲の連作ですが、全てを「ソナタ」と称しています。でも、後半グループは明らかに舞曲的で、つまりは「パルティータ」を踏まえたもの。

現に、もっとも単独で取り上げられることの多い第4番は、「アルマンド」「サラバンド」、速いブーレ風の「終曲」と擬古的な構成を取っています。こうした舞曲的で、闊達なリズムが主導する演奏に客席も重石が取れたように一気に華やぎます。クライスラーへの献呈ということがなるほどと思わせるような典雅な雰囲気。そういう弾き分けがとても鮮やか。

第5番は、後半の3曲のなかでも最もリズムの複雑さが際立ちます。左手ピッチカートを駆使してのリズムの交代、目眩くアルペジオによる複リズム的な曲想は、いわばリズムの重音奏法と言ってもよいほど。場面を変えて二曲目の5拍子という変拍子の民俗的な舞踏も跳躍的な重音がアクロバチック。基本的に単旋律の楽器であるヴァイオリンにはとてつもないリズム感と技術を要求するのだと思いますが、青木さんは実に見事なグルーブ感で一気呵成に終曲となります。凄いと思ったのは、その運弓、運指の見事さ。まったく無駄がなく、タメを作って見得を切るようなリズムの中段もない。その演奏の視覚的な美技に思わず見とれてしまうほど。

掉尾を飾る第6番は、文字通り全6曲のファイナル。フィギュアスケートの連続ジャンプやステップシークェンスを見るかのような技の連続。あっけにとられるような高揚感。フィニッシュで大きく弓を振り上げ、快心の笑みをたたえる青木さんは本当に楽しそうでした。

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これだけの演奏を追体験するような全曲版のメディアはほとんどありません。この演奏に匹敵できるのは、ごく最近リリースされた、ヒラリー・ハーンの録音ぐらいしかないと思います。まさにこのソナタ6曲演奏の新時代。こんな演奏を目の当たりにすると、バッハ無伴奏の演奏も今後は進化・深化していくのではないでしょうか?




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紀尾井レジデント・シリーズ Ⅲ
青木尚佳(ヴァイオリン)(第1回)
2023年12月21日(木) 19:00
東京・四ッ谷 紀尾井ホール
(1階7列13番)

青木尚佳(ヴァイオリン)
使用楽器:アントニオ・ストラディヴァリウス(1713年製"Rodewald")

イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ op.27(全曲)
第1番ト短調
第2番イ短調
第3番ニ短調〈バラード〉

第4番ホ短調
第5番ト長調
第6番ホ長調

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