SSブログ

ネオロマンチシズム (エスメ四重奏団) [コンサート]

都響とジョン・アダムスとの共演も話題になっているようですが、本来のクァルテットでも素晴らしい演奏でした。近年希に見る新しい演奏スタイルで久しぶりに心が沸き立ちました。

2年前の来日公演がNHKで放送されていて、それを聴いて素晴らしかったのでこれは聴き逃せないとあわててチケットを買いました。この公演にはリゲティもプログラムにあって、昨年のリゲティ・イヤーでの予習の際にもFMエアチェック音源を繰り返し聴いていました。

Cover.jpg

当時は、オリジナルメンバーで、ケルンに留学していた韓国人女性だけの4人。ところが、昨年4月に、ヴィオラのキム・ジウォンに代わり、ベルギー出身のディミトリ・ムラトが新たに加入。同一文化・同一ジェンダーという二重の同一性のいずれもが解消されてしまいます。今回はその新メンバーでの初来日。ところが、このクァルテットの美質・特質はさらに磨かれ、むしろ、かえって生来の《同一性・同調性》が生々しいまでに進化している。そのことに驚きを抑えきれません。

EsmeQtrm.jpg

プログラム最初のハイドン。最初の印象はイメージ通り。音色は明るく、響きは軽快で華がある。音の線は出だしこそザラついていたけれど次第に光沢の滑らかさが増してくる。第一楽章は、そうやって軽妙に始まり、小粋な終わり方をする。まさに、貴女のご挨拶といった雰囲気が楽しい。

アンサンブルは驚くほど正確で、そこから個々の線がくっきりと浮かび上がり、飛び出してくる。小鳥のさえずりが絶えず聞こえくるような華やぎがあって、まるで鳥の楽園。ハイドンであって古典派の厳めしさとか鈍重さがまるでない。ハイドンにこんな洒落た曲があったのかという驚きを覚えるほど。それでいて19世紀末のウィーンの洗練が馥郁と薫り、21世紀の私たちの夢と憧憬を存分に満たしてくれる。

けれども、新しい出逢いともいうべき衝撃は、二曲目のファニー・メンデルスゾーンの方がもっと大きかった。

このファニー・ヘンゼルとかクララ・シューマンとか、その当時の社会に封じ込まれたままになっていたジェンダーが表に噴き出してきたのは、今世紀になってからでしょうか。この弦楽四重奏曲も初体験です。

封じ込められてしまう圧力があったからこその抗力なのでしょうか、その才気のほとばしるような自由奔放さは、時代をはるかに先取りしてしまっていて、その飛躍の歩幅は前期ロマン派の古典的均衡に滞留していた弟のフェリックスを超えてしまっている。まるで初期のシェーンベルクやウェーベルンのような濃厚なネオロマンチシズムを連想させるほどです。しかも、そのフレージングやアーティキュレーションに美麗なグルーブ感があります。終楽章のロンドでは、第一ヴァイオリンのペ・ウォンヒを先頭に、攻める、攻める。

いったい後半のベートーヴェンはどうなってしまうのか――20分の休憩の間も前半の火照りがなかなか収まりません。

IMG_0155_1.JPG

そのベートーヴェンには、あっと驚かされました。

ハイドンの21世紀的ウィーンの洗練と洒脱さと、ファニー・ヘンゼルのネオロマンチシズムがそのまま渾然となって大作へと拡張されたかのようなベートーヴェン。これは事件だと思いました。私たちのベートーヴェンへの固定観念があっという間に洗い流されてしまいます。

13番作品130の弦楽四重奏曲は、3つとか4とか複数の楽章を持った古典派の曲というよりも、“6つの作品”というのに近い。舞曲的要素もあるけどバッハの時代の“組曲”というよりも、これも新ウィーン楽派が好んだ自由で多様な様式や意匠の連作作品のように思えてきます。そう思わせるのは彼女たちが確信犯だからではないかとさえ思うのです。

冒頭楽章の第一ヴァイオリンの奔放なこと。それに付き随う他のパートはまるで黒子たち。続くスケルツォの凄まじいアジリティによる傲慢なまでの諧謔。アンダンテのアンサンブルはとても視覚的で、モダンバレエでも見ているような気さえします。レントラーは、何ともいえないクリーミーなアーティキュレーションの音楽造形に目が醒める思いがします。

そしてカヴァティーナ。ペ・ウォンヒのヴァイオリンは、本当に美しい光沢を持った滑らかな絹糸の美しさでありながら、金属ワイヤーのように強くて直截。上げ下げ、押し引きのボウイングが実に精緻に考え抜かれていて、ペの音色、フレージングそのままにアンサンブル全体が同調し呼応していくのは、本当に見事なまでのグルーヴィな美しさ。無我の陶酔に酔いしれる思いがします。

ベートーヴェンが考えたオリジナル通りに、最終曲にはあの壮大な「大フーガ」が置かれますが、これがもう圧巻。

難解なフーガというよりも、それは超越的な官能の世界。激しい動き、動的な情感は4人の奏者のそれぞれの自在のままで、それが激しく交錯しながら凄まじいまでの非同調と同調の交代が続いていく。時おりいったん英気を養うかのように静まりますが、音楽の流れは、前へ前へと進み振り返ることがありません。ジェットコースターにでも乗っているかのように上下左右の加速度で気持ちが揺すぶられながらもどんどんと高揚していきます。

こんな難曲の演奏を、ドイツのど真ん中でアジア人女性のクァルテットが一気呵成にやってのければ、ドイツ人もさぞかし驚いたはずです。4人も快心の笑みをたたえて、鳴り止まぬ満場の拍手に何度も満足げに応えていました。




flyer_1.jpg

クァルテットの饗宴2023
エスメ四重奏団
2024年1月21日(日) 14:00

エスメ四重奏団 Esme Quartet
ペ・ウォンヒ(第1ヴァイオリン)Wonhee Bae, violin I
ハ・ユナ(第2ヴァイオリン)Yuna Ha, violin II
ディミトリ・ムラト(ヴィオラ) Dimitri Murrath, viola
ホ・イェウン(チェロ)Yeeun Heo, cello

ハイドン:
弦楽四重奏曲第41(29)番ト長調 op.33-5, Hob.III:41《ご機嫌いかが》
ファニー・メンデルスゾーン:
弦楽四重奏曲変ホ長調

ベートーヴェン:
弦楽四重奏曲第13番変ロ長調 op.130(終楽章:大フーガ変ロ長調 op.133)

(アンコール)
シューマン:トロイメロイ

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:音楽

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。