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「言語の本質」(今井むつみ、秋田喜美 共著)読了 [読書]

学術的なテーマにもかかわらず18万部を突破する大ヒット。各方面からも絶賛の声があがっている注目の書。

言語というのは、誰にも身近な事象だけに関心を集めやすい。本書もオノマトペと幼児語、語学学習という身近で日常的な問題を取り上げていています。、しかも女性学者らしいその平易で語り口と丁寧な説明がとてもわかりやすく、親しみが持てます。異例のベストセラーとなった秘訣だと思います。

オノマトペとは、音声を模倣した擬声語のこと。

単語の形をしたシンボルマークやアイコンとも受け取られる。日本語は、このオノマトペがとても豊富。このことは欧米人もびっくり。言語が専門の人々からもうらやましがられるのだそうです。マンガ文化のおかげかと思いきや、万葉集などの古い和語にも頻繁に現れるのだそうです。

このオノマトペという赤ちゃん語が、子育てには欠かせない。子どもの言葉の発達にとても大事と言われれば、誰もがウンウンとうなずいてしまいます。でも、それは本当なの?なぜ?どうして?――ボーッと生きてる場合じゃありません。

ここから著者は、私たちを本格的な言語学の世界、その深く大きな謎へと導いてくれます。優しい顔つきながら、実はとても本気なのです。

まず最初に、オノマトペは、ほんとうに言葉(=言語)と言えるのか?と問いかけます。オノマトペとは、単なる擬声(音声の模倣)、あるいはトイレの男女マークのようなシンボル(=アイコン)に過ぎないのか?その検証のために「言語の十大原則」というものがあるそうです。著者は、そのひとつひとつを検証していく。いよいよ言語学の世界に突入します。そしてその検証の結果には、ちょっと驚いてしまいます。オノマトペは、(幼さはあっても)立派な言葉だと言えるのだそうです。

では、ほんとうに子どもが言葉をおぼえていく上で重要なのか?これが次の問題です。確かにオノマトペは、子どもの注意を引きやすいし、わかりやすい。赤ちゃんには「イヌ」とは言わずに「ワンワン」と言ったほうがわかりやすい。これはオノマトペの「アイコン」性のおかげですが、子どもが成長するにつれて「イヌ」「犬」、「犬ころ」「飼い犬」「走狗」…と果てしない豊穣の知識の世界へと展開していく。これこそ言葉の奇跡ともいうべき世界です。

ここで、いきなり人工知能の話しが登場します。ChatGTPとか生成AIの話題は、いままさに議論沸騰中。え?オノマトペと生成AI??

「記号接地問題」。

90年代から提唱されてきたAIの未解決の大問題。この名称を唱えたハルナッドというひとは、「記号から記号への漂流」とも言っています。『機械が辞書の定義だけでことばの意味を「理解」しようとするのは、一度も地面に接地することなく、「記号から記号への漂流」を続けるメリーゴーランドに乗っているようなもの』だとも。機械には実体に触れる機会も学習する方法もないので、実は言葉が示す実体を知らないのです。生成AIといえども、人間が構築した巨大なデータベースを徘徊し、単語と単語の前後の並べ方を学習し文章を構築しているに過ぎない…。

その「接地」の役割を果たすのがオノマトペだと言うのです。幼子の言い間違いは可愛い。でもそこに「接地問題」が隠されている。赤ん坊は、最初は「ワンワン」が吠えることなのか、毛並みの色のことなのか、四つ足動物のことなのか、いったいどれのことなのかはわかっていない。犬という実体と抽象性を持った言葉の意味を対応させていくことが発達の最初のステップ。この「接地」された知識ベースは驚くほどの自走性を持っていて目覚ましい拡大深化を始めるというのです。

もうひとつの視点は、自分で自分の言葉を成長させていく子どものたくましさ。教えたわけではないのに、子どもはいつの間にか新しい言葉を憶えていて、え?と驚くほど適切な場面でその大人びた言い回しを発して親をあきれさせるということがあります。そういう言葉の成長に欠かせないのが「推論」という認知科学的な問題。

ここに「アブダクション推論」という聞き慣れない言葉が登場します。

「アブダクション推論」とは、論理を対称的に推論するバイアス(=傾向・性癖)のこと。「AならばB」なら「BならばA」であると推論するのは間違っています。それは私たちが中学生の頃に散々習ったこと。いわゆる「逆はまた真ならず」という論理学のイロハです。ところが、人間はもともとそういう誤って推論するバイアスを持っていて、実は、そのことで言語習得が可能になっているというのです。このバイアスは、チンパンジーなどとの比較実験をしてみると、人間にしか見られない性癖なのだそうです。

誤った推論なのですから、子どもの勘違いはしばしばあって、それがまた可愛い。でもそれがあるからこそ言葉や知恵の目を瞠るような成長があるわけです。私たちが子どもの言い間違いや勘違いに思わず目を細めてしまうのはそのせいでしょうか。

本書は、単に堅苦しい学術的啓蒙書ではない…というにとどまらず、言語学の本質やそれが抱える謎(未解決問題)へと私たちを誘ってくれる。そうした問題は、比較文化、英語などの外国語学習や手話学習、子どもの発達障害や学習障害といった身近で切実な問題へのアプローチを示しているだけでなく、人工知能や認知科学のさらに大きい世界にも広がりを持っています。

これは、なるほどすごい本です。

オノマトペ?言語学?そんなのカンケーねぇなどと言わずにぜひ手に取って読んでほしい。知的冒険の世界が拓けます。



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言語の本質
――ことばはどう生まれ、進化したか
今井 むつみ、秋田 喜美 (共著)
中公新書 2756
2023年5月 新刊



■本書の目次■

はじめに

第1章 オノマトペとは何か
第2章 アイコン性――形式と意味の類似性
第3章 オノマトペは言語か
第4章 子どもの言語習得1――オノマトペ篇
第5章 言語の進化
第6章 子どもの言語習得2――アブダクション推論篇
第7章 ヒトと動物を分かつもの――推論と思考バイアス
終 章 言語の本質

あとがき/参考文献

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