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ラトル/ベルリン・フィル/セラーズの「ペレアス」(ドイツ音楽三昧 その6) [海外音楽旅行]

怒濤のドイツ音楽三昧の旅は、いよいよ終盤のクライマックスを迎えます。

ライプツィヒからベルリンまでは1時間ほど。私たちは、ベルリン中央駅でロッカーに荷物を預けるとそのままSバーンでポツダムへ向かいました。音楽中心の観光旅行は1時間たりとも時間を無駄にしたくないのです。

私たち日本人にとっては「ポツダム宣言」で知られるポツダムの町は、ベルリンからSバーンで40分ほど南にある小さな町ですが、ここは17世紀以来プロイセン王家の宮殿がおかれた美しい郊外地。

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見所はポツダム会談の会場となったツェツィーリエンホーフ宮殿などいろいろあるのですが、時間も限られている私たちはまっすぐにあのフリードリヒ大王が愛したサンスーシ宮殿へ向かいました。言うまでもなくバッハゆかりの場所のひとつ。バッハをここを訪ねた際に大王からテーマを与えられ、それをもとに曲集『音楽の捧げもの』を作曲し献呈しています。あの「6声のリチェルカーレ」はこの曲集のひとつです。

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大王は、文弱ぶりが過ぎて父王の激しい怒りを買ったにもかかわらず長じては名君としてプロイセンの国運を大いに高め版図拡大に成功するのですから面白いものです。戦争に明け暮れながらもフルートだけは肌身離さず持ち歩き、戦場の野営地でも吹いていたそうです。宮殿は、謁見などの公式の部屋がない居住区のみの「離宮」なので簡素ながらも本当に愛らしい美しさに満ちていました。あの「音楽の間」にはその木製のフルートが展示されていました、。

さて、再びベルリンに戻ってきた私たちは、再度、フィルハーモニーを訪れることになります。いよいよラトルが指揮するベルリン・フィルをその本拠地で聴くことになります。

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プログラムは、ドビュッシーの「ペレアスとメリザンド」という大作。演奏会形式とはいいながら、演出家ピーター・セラーズが監督する本格的なものであり、大きく立体的なフィルハーモニーの客席を縦横に使った演技と演奏は20世紀オペラの前衛性にふさわしいもの。

ドビュッシーは、俗に「印象派」の音楽家と呼ばれますが、むしろ、文芸上は「象徴主義」に心酔していました。出世作となった「牧神の午後への前奏曲」は、象徴主義の詩人マラルメの詩にもとづいたものですし、象徴主義の劇作家メーテルリンクの傑作「ペレアスとメリザンド」の戯曲をそのまま使用したこのオペラの成功によってドビュッシーは大家としても名声を確立したのです。

一時はワーグナーに心酔したドビュッシーは一転して反ワーグナーに変じます。このオペラはいわばアンチ「トリスタンとイゾルデ」。同じような三角関係を中軸としたメロ・ドラマそのものなのですが、激しい憎悪の応酬から陶酔的な熱情へ転じ死へと昇華していくワーグナーとは対照的に、現実逃避の王子ペレアスと謎めいた存在も希薄なメリザンドとのつかみどころのない不倫に翻弄されて破滅していくゴローだけが惨めなほどに現実的であとは夢うつつの世界。

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その音楽は、実に精妙で、微妙に移ろう色彩と音色がほのかに明滅し流転していくような音楽です。

そのことで私たちはベルリン・フィルの音に圧倒されてしまったのです。歌もそうですが、オーケストレーションもまるで「フランス語を語るよう」な音色と響き。それはワーグナーの分厚い響きとうねるようなライトモチーフの旋律と大音響…といったものとは対照的に、小音量で、人物やその言葉や心理を象徴しながらもどこか空疎でつかみどころのない淡い万華鏡のような音楽。そういう微妙な音楽が、いったいこの2400席の大ホールで聞こえるのだろうかという心配をよそに、第一幕冒頭から実に見事に会場の隅々にまでに行き渡るのです。部分が明晰に分離しながらも全体の響きがまろやかで、まるでビロードのような滑らかな手触り。おそらく今この世界でパリ以上にフランス的な音響。

そのことに驚愕しました。

とにかく金管も柔らかく深みがあるし、弦のアンサンブルはこの世のものとも思えぬほど美麗で艶っぽい。オーボエもファゴットも精妙で美しく歌うのですが、ひと際目立ったのがフルートのパユ。フランス人だからというのではないのでしょうが、この巨大な編成のなかで明滅しながらも色彩感豊かで洗練された艶があってドビュッシーを聴く喜びを感じさせてくれる。この大スターが淡々と自分のパーツをこなしている姿に感動したのです。

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ヴィンヤード型のフィルハーモニーは、伝統的ホールのように平土間・バルコニーなどとレイヤーがなく、全て客席がつながっているのが特徴です。そのことを存分に活用していて、ステージ上の前面に第一Vnと第二Vnの間に割って入るように設置された大きなベッド程度のメイン舞台を中心に、ステージの後面、二階席から最上階まで縦横無尽に演技が立体的に展開します。

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私たちは2階右手のブロックに座っていたのですが、その目の前のスペースに三人の黒人女性の黒ずくめの歌手たちがいつの間にか入ってきて伏していたのですが、実は、そこが第二幕最後の海の洞窟の場面となり、私たちの目の前に、ペレアスとともにメリザンド役のコジェナーが現れて歌うのです。三人の歌手たちは「三人の乞食」というわけで、彼女らが不吉な影のように急に立ち上がり、風のように去っていく…。そういう驚きの連続です。

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コジェナーは、3人の子持ちの母とは思えないような、相変わらずの美貌とスリムな体型で、その長い金髪と細めの美声もあいまって、これ以上ないとさえいえるほどメリザンドがはまり役。とにかく、終始、私はコジェナーにうっとりと魅入られ続けていました。あまりに素晴らしくて、かえって、メリザンドとしてはその妖しいほどの儚さにやや不足を感じたほど。

ゴローの息子イニョルドには、ボーイソプラノが起用されていました。

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以前に初台で観たときにはあまり印象に残らなかった役どころですが、それはおそらくメゾソプラノだったからでしょう。ステージ頭上の最上階右手から、ゴローとともにペレアスとメリザンドの情事を覗き見し、ゴローから苛め立てられる場面は鮮烈でした。そしてこのボーイソプラノのうまいこと。

唯一残念だったことは、私たちがフランス語もドイツ語も解さないこと。字幕は小さくて見えにくくドイツ人聴衆にとっても難解だったかもしれません。とにかく休憩をはさんで3時間以上の長丁場。この日は、収録の関係もあって7時と開演が早かったほうですが、他の日のように8時開演ではなかなか持たなかったのではないでしょうか。

このような公演の難しい大作であり、ラトル会心の演奏だったに違いなく、おそらく今後とも語り草になるような歴史的公演だったのではないでしょうか。そういう演奏に立ち会えてほんとうに幸せでした。

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それにしても、先だってのドイツ・ベルリン響のときの響きは何だったのでしょうか。あのオーケストラだって十分に一流のオケでした。それが、ベルリン・フィルになるとまるで別のホールのように響くのです。

名オーケストラは、名ホールが育てると言われます。しかし、このフィルハーモニー大ホールはベルリン・フィルによってのみよい響きとなるのです。ここだけは、オーケストラがホールを育てたという希有な逆ケースと言えるのではないでしょうか。

フィルハーモニーは、ベルリン・フィルで聴け! でした。









ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団定期公演
ドビュッシー:歌劇「ペレアスとメリザンド」(演奏会形式)
 サイモン・ラトル(指揮) ピーター・セラーズ(演出)
2015年12月19日(金)
ベルリン・フィルハーモニー大ホール





Berliner Philharmoniker
“Pelleas et Melisande” with Simon Rattle and Peter Sellars

Berliner Philharmoniker
Sir Simon Rattle Conductor

Magdalena Kozena Mezzo-Soprano (Melisande)
Christian Gerhaher Baritone (Pelleas)
Peter Sellars Staging

Claude Debussy
Pelleas et Melisande Semi-Staged Performance

Magdalena Kozena Mezzo-Soprano (Melisande)
Christian Gerhaher Baritone (Pelleas)
Bernarda Fink Contralto (Genevieve)
Franz-Josef Selig Baritone (Arkel)
Gerald Finley Bass Baritone (Golaud)

Soloist of the Tolzer Knabenchor
Boy Soprano (Yniold), Jorg Schneider
Bass (Doctor), Sascha Glintenkamp
Bass-Baritone (Shepherd)
Rundfunkchor Berlin, Nicolas Fink Chorus Master
Peter Sellars Staging

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