SSブログ

「実録KCIA―『南山と呼ばれた男たち』」(金 忠植 著)読了 [読書]

今年の1月に日本でも公開された映画「KCIA 南山の部長たち」の原作となったドキュメンタリー。

映画は昨年の年間興行収入1位という大ヒットとなったが、原著も1994年に単行本として刊行されるやいなや50万部のベストセラーとなりドキュメントものの新記録となったそうだ。

原著者の金 忠植(キム・チュンシク)は、東亜日報の元記者。原著のもとになったのは、90年から2年2ヶ月にわたって毎週連載して大反響を呼んだもの。朴正熙(パク・チョンヒ)大統領暗殺の瞬間、「窒息しそうな真空の中にある社会が、一気に爆発したような気分だった」と語っている。当時、東亜日報の編集局長のデスクの隣にはKCIAから派遣された職員が居座っていて、報道内容に目を光らせ、あれこれ注文をつけていたという。行政、司法、国会、あらゆる分野でも調整官という名の統制官が常駐し、同じことをしていて、KCIAの影響から抜け出せる組織も人も皆無だった。そこからやっと抜け出せると思ったのだという。

本書は、1961年5月16日のクーデターから18年の長きにわたった朴正熙政権の内実を容赦なく描く。国家権力の壟断と長期政権維持の武器となったのが中央情報部(KCIA)、その創設は政権発足直後であり、朴の血なまぐさい最後の瞬間に崩壊する。朴を葬ったのは、こともあろうに、朴の側近としてKCIAのトップにあった金 載圭(キム・ジェギュ)だったからだ。KCIAの18年は、そのまま暗鬱たる韓国現代政治史となっている。

KCIAは、本部所在地から「南山」と呼ばれ国民から怖れられた。その粗暴なやり口と非情さ、内部の暗闘は、想像以上のものがある。表だった目的は反共・反北の国家防衛だったが、捜査権を持った諜報機関は、大統領の気に入らないあらゆるものを容赦なく弾圧し、罠にかけ、牢獄にぶち込み、拷問にかけた。人権蹂躙の恐怖だけでなく、カネまみれの謀略、調略と分断の腐敗ぶは、野党のみならず、与党の身内にまで及び、時には大統領の信を失った側近たちもその犠牲となった。

ある在米の韓国人政治学者は、韓国を後進国軍閥独裁の典型ともいえる「プレトリアン国家」と蔑んだ。プレトリアンとは「親衛隊」といった意味で、独裁者とその一部の側近で国家を牛耳ることを言う。映画でも、大統領とKCIA部長、大統領警備室長、大統領秘書室長、首都警備司令官ら数人の取り巻きだけで国政の大事を粗暴に決する場面が何度も出てくるが、それが紛れもない実態だったことがわかる。

朴大統領は、そういう側近家臣団たちのパワーゲームをあえて誘発させ、たえず緊張関係に置き、忠誠心を競わせた。そういう「人間管理術」には恐るべきものがあったとういう。それが、金炯旭(キム・ヒョンウク)による裏切り ―いわゆる「コリアンゲート」―で白日のもとにさらされる。金は、「南山の豚カツ」と呼ばれ、歴代部長のなかでも弾圧・謀略に猪突猛進ぶりを発揮した人物だが、朴大統領から干された逆恨みで政権の腐敗ぶりを米国議会にぶちまけた。

そのために政権末期の朴・維新政権は大混乱に陥り、政権崩壊の兆しがさしてくる。同時にそれはKCIAの凋落をも意味した。そういうさなかにKCIAトップを引き継いだのが暗殺者・金載圭(キム ジェギュ)だった。元KCIA部長の裏切りに激昂していた朴大統領の寵愛が、大統領警護室長の車智澈(チャ・ジチョル)に傾き、金載圭は、二人からたびたび侮辱を受け、屈辱に満ちた悶々たる日々を送る。車室長に対する対抗心もあって朴大統領に正論をぶつけるが、この三者の確執が破局的な臨界点を迎えたのは、皮肉なことに裏切り者・金炯旭を闇に葬り、一息ついた直後だった。

こうした経緯は、まさにヤクザの内部抗争劇そのもの。実際、映画を制作したウ・ミンホ監督は、大学生の時にこの原著を読んで感動し、これを『ゴッドファーザー』のような映画にしたいと思い続けてきたのだという。

もちろん、本書では、日本人にとって忘れられない「金大中拉致事件」の内情も暴露している。白昼堂々と主権を侵害された日本は騒然となり、日韓関係は、まさに一触即発の断絶危機に瀕した。この事件も、過熱した忠誠心争いで猪突猛進したKCIAの仕業だった。批難沸騰する日本に対して、朴大統領は「対馬を攻撃し、東京を空爆する」との暴言まで吐いた。周囲がようやく説得し日本に密使を送る。その密使を早朝、自宅で迎えたガウン姿の田中角栄首相。その「わかった」のひと言で事態は窮地を脱した。青瓦台(チョンワデ)に田中親書を直接届ける役目を担った老練政治家・椎名悦三郎は、会談での朴大統領の非礼に耐え、退出後、「僕の生涯で、こんな侮辱をうけたのは初めてだ」と心中を隠さなかったという。

朴大統領の娘・朴槿恵(パク・クネ)失脚のスキャンダルとなった「崔順実ゲート事件」のことは記憶に新しい。本書では、崔順実の父親である祈祷師であった崔太敏に朴槿恵がたぶらかされていると諫言した金載圭に朴大統領が逆に激昂し激しく叱責した経緯も明かしている。朴槿恵前大統領は、娘時代から取り憑かれていたあの父娘を払拭できず、韓国国民もそれをよく知っていたということなのだろう。原著者が言うとおり、韓国は「いまだに朴正煕政権の陰の中にいる」。

韓国の産業経済の奇跡のような発展は《開発独裁》の成果だとして朴政権を前向きに評価する向きも多い。それは政権内の暗部とは一見無縁のように見えるが、そういう産業経済や日韓の交流関係に不正と腐敗が及んでいた可能性を誰が否定できるだろうか。そういうものが表面化するたびに、日本は椎名のように侮辱を感じる立場に立たされることになるのかもしれないと思うと、頭がくらくらしてくる。




実録KCIA_1.jpg


実録KCIA―「南山と呼ばれた男たち」
金 忠植(Kim Choong Seek)原著、鶴 真輔 (訳)
講談社

タグ:KCIA
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。