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「沈黙の勇者たち」(岡 典子 著)読了 [読書]

ナチス政権下、ユダヤ人差別はやがて迫害へ、そしてそれは大量殺戮のホロコーストへと極限化していった。

第二次世界大戦勃発の1939年当時までに数十万人のユダヤ人がドイツ国外に逃れたが、41年にユダヤ人国外移住が禁止された時点で約17万人のユダヤ人がドイツ国内に取り残された。彼らは片っ端から摘発されてドイツ占領地の強制収容所へと送り込まれた。

しかし、移送を逃れた1万~1万2千人が潜伏した。

こうした潜伏した1万人のうち、およそ5千人が生き延びて終戦を迎えることとなる。あの苛烈を極めたユダヤ人狩りのなかで約半分が生き残ったというのは驚異的だ。そういうユダヤ人を救おうと手を差し伸べた名も無きドイツ市民は、今なお不明だが、最近の研究によると2万人以上にのぼると言われているそうだ。

「沈黙の勇者」たちは、その多くがごく平凡な「普通の人びと」だった。

男性も女性もいて、職業もさまざま。医師、教師、聖職者、労働者、農夫、主婦も娼婦もいた。老人も青年も子どももいたし、障害者や末期のがん患者もいたという。圧倒的多数のドイツ国民がユダヤ人迫害に加担し、死の強制収容所へ移送されるのを「見て見ぬふり」をしていた時代であり、ナチスが奨励した密告により、隣人ばかりか身内や家族までに裏切られるような社会のなかで、彼らは自身や家族を危険にさらされてまで、ユダヤ人を匿い、逃避行を助け、違法な身分証明書偽造に手を出した。

こうした「沈黙の勇者たち」は、近年まで知られることがなかった。

長い間、ホロコーストはナチスが独裁政治のなかで秘密裡に遂行した政策であり、多くの国民は知らなかったとされていた。「国民は知らなかった」とすることで、責任をすべてナチスに負わせて一般市民の免責をはかる戦後の総括が進められてきたからだ。多くの一般市民がユダヤ人救援に関与したと認めることは、市民は知らなかった、ナチスに欺されていた、という前提を覆すことにもなる。

一方で、ユダヤ人の側もまた多くを語りたがらなかったという。

あまりに凄絶で重すぎる体験だったからである。自分だけが生き延びたことへの負い目もあった。救われたユダヤ人の生々しい体験が語られるということは、見て見ぬふりをした市民や密告者の告発でもあり、いつまでも過去にとらわれ、自分たちを繰り返し非難し続ける不快な話題だと感じさせるからだ。

こうした体験証言は、多岐にわたる。ほんの人間的な同情心から怯えながら手を貸した事例もあるし、深い信仰心や反ナチの確信を貫こうとした人々もあれば、潜伏者も巻き込んだ大がかりな証明書偽造組織まであって、多種多様に及ぶ。


本書は、近年の成果である膨大な資料から、何人かの潜伏者の体験を取り上げて、そういう名も無き市民たちの実相をドラマチックに語っている。

ページをめくる手が止まらず一気読みした。

終戦の数ヶ月前に摘発された身内の自白から瓦解した偽造組織や、わずか二ヶ月前に偶然鉢合わせになった旧知のドイツ人友人の密告により捕らえられた若者、それを見過ごせないと自首した姉の話しなど、涙無くしては字を追うことができない。

分断と経済格差の拡大、ポピュリズムの勢力拡大、同調圧力を強めるネット社会、難民・移民、テロと戦争…そういうさまざまな問題に直面している現代社会。そのなかで、この「市民的勇気」の原像が問いかけることは様々だ。

多くの人に読んで欲しい名著だと思う。


沈黙の勇者たち.jpg

沈黙の勇者たち
 ユダヤ人を救ったドイツ市民の戦い

岡 典子 著
新潮選書


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