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小菅 優 『夢・幻想』(小菅優 ソナタ・シリーズ Vol.2) [コンサート]

小菅はとても好きなピアニストで、私が聴いた回数ではたぶん日本人ピアニストとしては最多だと思うのですが、実はデュオや室内楽がほとんど。それもこれも彼女が室内楽の名手でもあるからだと思います。

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調べてみると、一番最近のリサイタル体験は、何と9年前のことでした。そのときに演奏されたのはベートーヴェンの「ワルトシュタイン・ソナタ」でしたが、ベートーヴェンの超絶的な技巧に改めて舌を巻く思いがしたのは、とにかく小菅の超絶技巧を超えたタフで揺るぎない技量の素晴らしさなのです。

その一方で、室内楽で見せる気配り、目配りの効いた柔軟さとそのバランスの良さにはいつも感心させられてしまいます。

私にとっては久々のソロリサイタルに期待するものが大きかったのですが、むしろ、小菅の音楽の柔らかい表現力のほうが優った演奏という印象を強く持ちました。それは、やはりベートーヴェンのソナタによく現れていました。

「月光ソナタ」は、楽章毎に次第にテンポを上げていって激情的で圧倒的なヴィルティオーシティで終結するという音楽構成ですから、まさに前回の「ワルトシュタイン」体験の再現を期待したのですが、とても好対照でした。むしろ、あの分散和音のアダージョは、夢を見るような感情のうつろいのように、とてもゆっくり。そこから覚醒するかのような自由で軽いアレグレットへと続く。扇情的なプレストでさえ夢の延長の幻想にあってほとばしるような情感は、やはりとても自由で即興的です。

なるほど、こうやってテーマを掲げて、ひとつのコンセプトのもとにそれぞれの曲を聴いてみると、同じベートーヴェンであってもずいぶんと違うのですね。そういうことができる小菅さんの音楽性、技術・技巧のゆとりと表現や発想の豊かさに改めて舌を巻く思いがしました。

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一曲目のメンデルスゾーンは、最近になって若手ピアニストも取り上げるようになった曲ですが、「夢・幻想」にふさわしい口開けです。メンデルスゾーンは、スコットランドにちなんだ名曲をいくつも残していますが、この「スコットランド・ソナタ」を作曲した時点では、まだ実際には、スコットランドを訪れる前のことだったそうです。スコットランドは、当時(そして今も)のヨーロッパ人にとっては妖精が生きている魔界のような別世界でした。そういう憧れが、想像の夢や幻想をかき立てるように音楽となって歌われる。これに続く「月光ソナタ」のあのアダージョがどこか憧憬の穏やかさとなって連なっていきます。

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休憩をはさんでの後半のシューベルト。

シューベルトの晩年の三曲のソナタは、近年になって盛んに取り上げられるようになりました。何も村上春樹のせいでだけではなくてシューベルトのピアノ作品にようやく時代が目を開いたということでしょう。そういうシューベルトの魅力への開眼がどんどんとそれ以前のソナタ作品へと拡がっていきます。このD894「幻想」は、そういう魅力の開花のなかでもひときわ大きな大輪だと思います。

シューベルトの「夢・幻想」は、メンデルスゾーンやベートーヴェンよりもずっと彷徨と幽玄の世界。それが憧憬や希望の光から、追想であったり悔恨であったりといった陰のなかへと感情のうつろいの中で沈潜したり、突然、光り輝いたり吹き上げたりする。夢と幻想は、《祈り》にも通ずるのですね。中間のメヌエットは孤独なシャドーダンスのように切ない。やっぱり、このシューベルトがこの日の白眉だったと思います。



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小菅 優 ソナタ・シリーズ Vol.2 「夢・幻想」

2023年11月14日(火)19:00
東京・初台 東京オペラシティ コンサートホール
(1階8列29番)




メンデルスゾーン:幻想曲 嬰ヘ短調 op.28 「スコットランド・ソナタ」
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第14番 嬰ハ短調 op.27-2「月光」

シューベルト:ピアノ・ソナタ第18番 ト長調 D894 「幻想」

(アンコール)
J.S.バッハ(ヘス編):《主よ、人の望みの喜びよ》 BWV147
シューマン:「子供の情景」op.15より《詩人は語る》
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