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「日ソ戦争 南樺太・千島の攻防」(富田武 著)読了 [読書]

満州(中国・東北部)とともにソ連侵攻の場となった南樺太・千島戦およびその後の占領の経過を、冷戦後に明らかとなったロシア側の資料もふんだんに駆使して、詳細に記述した最新研究。

満州と違って、軍上層部や官吏が住民や最前線の兵士を見捨てて潰走するなどのことはなく、居留民の本土への退避などもそれなりに行われていた。捕虜となった日本人の日記や回想も細かいものが残っており、ロシア国防省や防衛研究所にデジタル保管された戦闘記録や文書などからソ連側の実態や兵士の証言も多く取り上げられていて、その考察は詳細にわたる。

その戦闘経過や、ソ連軍上層部とクレムリンとのやりとりなどから、いわゆる北方領土問題について考えるうえでも大いに参考になる。


本書から読み解く「北方領土問題」ということをかいつまんで論点のみ挙げておきたい。

1.「固有の領土」とは?
 ヤルタ秘密協定では、ソ連に移転すべき日本の領土、権益の根拠として、1875年千島・樺太交換条約以前のものが含まれていない。日本とロシアとの国境は1855年の日露和親条約において千島列島(クリル列島)の択捉島と得撫島との間に定められたが、樺太については国境を定めることができず、日露混住の地とされた。これが「固有の領土」の根拠になり得るが、ヤルタ秘密協定はこれを無視している。

2.米軍の進駐はなぜなかったのか?
 トルーマンの致命的なミスだった。クリル(千島)列島を対ソ降伏地域に含めることを要求したスターリンに対し、トルーマンがあっさりとこれを呑んでしまった。
 千島列島最北の占守島(しゅむしゅとう)に、日本がポツダム宣言の受諾を宣言した後、ソ連軍が上陸開始し日本軍と戦闘に突入した。これが千島列島で唯一のソ連との交戦となった。この後、日本軍は抵抗をやめたが、ソ連軍は、明確に米軍と遭遇したら停止するよう厳命されていた。米国海軍は、千島の日本軍はニーミッツ提督に降伏すべきと主張したが受け入れられなかった。トルーマンと国務省の度重なるミスとしか言い様がない。

3.北海道の命運
 スターリンは千島列島とともに北海道北部の占領を要求したが、さすがにこれにはトルーマンも拒絶した。マニラのマッカーサーは、ソ連代表の北海道占領要求に「絶対反対と明言し、「ソ連兵が一兵といえども許可なく日本領に侵入するならば(ソ連代表の)デレヴァンコ中将を含む代表団全員を投獄する」と激怒したという。
 こうした経緯から、占守島兵士の決死の奮闘により北海道占領を免れたというのは俗説に過ぎない。北海道の命運は、武力行使ではなく米ソの戦時交渉とはいえ外交によって決した。

4.四島か二島か
 この問題は、これらの島々が「千島列島」なのか、あるいは、北海道に帰属する島々なのかという認識の問題。しかし、これもトルーマンは問題提起を怠った。米軍陸海両軍幹部は、択捉と「北海道に接する二島(国後、色丹)」を確保すべきだったと切歯扼腕した。
 歯舞群島は、北海道に属する諸島との認識は多少なりともソ連側にもあったようだ。


以下は、本書の読後感とも言うべき私見に過ぎないが…

「北方領土問題」は、すべて「ヤルタ秘密協定(極東密約)」に帰する。
ヤルタ会談の大半はポーランド問題とドイツの戦後の処遇についての交渉に費やされた。極東の問題は軽視され、この地域にも野心満々だったスターリンに対してルーズベルトは関心が薄かった。これにトルーマンの無知も加わって、ソ連の極東艦隊に太平洋側への出口を与えるという致命的なミスを犯してしまった。

この戦略上の重要な領土権を、現在のロシアが手放すはずはない。米国も、戦勝国協定としてのヤルタ協定を、ソ連を追いつめてまで覆すだけの気迫は現在に至るまで持ち得なかった。

北方領土問題に対して何らかの解決をもたらし平和条約を締結するチャンスがあったとしたら、冷戦終了直後のソ連の崩壊と東欧の民主化時代だったろう。経済的軍事的に困窮してもいたロシアは、欧州では勢力圏の大幅な後退やNATO拡大による勢力圏の後退を容認していた。この時期、日本がもう少し米国に対してヤルタ秘密協定の解釈見直しを強力に迫ることができていたらと思うが、日本政府にはそれだけの政治的胆力もなかった。

安倍政権が、プーチンのクリミアの一方的な編入など力による現状変更を推し進め、欧米がいっせいに反発し制裁に踏み切ったなかで、その立場を曖昧にして、ことさらにプーチンに融和的だったことは完全に誤りだった。今となっては、日本はこの曖昧さを維持するしか他に選択肢もないし、今後のプーチンの終焉とロシアの弱体化を待つしかないのだと思う。


日ソ戦争 南樺太・千島の攻防_1.jpg

日ソ戦争 南樺太・千島の攻防――領土問題の起源を考える
富田武 (著)
みすず書房
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