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「グルーヴ!」(山田陽一 編)読了 [読書]

クラシック音楽にも「グルーヴ(groove)」はあるのか?

10人のクラシック音楽演奏家に、それを問いかけ、クラシック演奏における繊細で研ぎ澄まされた感覚と途方もなく微細で緻密な音楽造形の秘技を明らかにしていく。クラシック音楽にも、それをグルーヴと呼ぶのか、あるいはそういう意識が明確にあるのかはともかくも、確かに共通する高揚感や快感があって、演奏家はそのことを常に意識して技を磨いている。

「グルーヴ(groove)」は、ジャズやロック音楽でよく使われる。「グルーヴィ(
groovy)」とは、「かっこいい」「ノリのいい」というような意味合いで使われているがその意味は曖昧だ。「グルーヴ感がある」というとは「高揚感」ということとほぼ同義に使われる。あるいは、そういう高揚感をもたらす、ある種の揺らぎやズレのことを言うことが多い。本来の規則的な拍子から意図的に遅らせたり、一瞬の間を入れたり、押したり引いたり、ズラしたり。民族音楽によく見られるように、変拍子やポリリズムそのものの変則的で複雑なリズムにもそういう効果がある。

10人のクラシック音楽家の反応は十人十色。そこがまた面白い。

同じヴァイオリニストでも、ソリストと大オーケストラのコンサートマスターとは考えがまるで違う。

堀米ゆず子は、「練習による造り込み」をことさらに強調する。堀米にとっては、フレージングやアゴーギグなどある種の修辞法あるいは語法のようなものが音楽に生命力を与えると考えるのだろう。

一方、矢部達哉は、方向性とか空間の一体感といったアンサンブル感覚に徹している。むしろ拍節や小節の枠から少しずつはみ出す遊びとか自由があってこそのアンサンブルだと言う。そのせめぎ合いから一体感へと登りつめるところにスポーツ選手がよく言う「ゾーン」(絶頂状態)が生まれるとも言う。そのことは指揮者の下野竜也も同じで、遊びやズレなどは尊重して、楽器の音量、音色、発声の違いの組み合わせを微妙にコントロールすることに指揮者の存在意義を見いだす。あるいは、ソリストの遊びや自由のままに自分はイン・テンポな振りに徹することもある。

そういうことを強烈に意識しているのは、ベース音を支えるコントラバスや打楽器などのリズムセクション。

「みんな、ぼくの手のひらで踊っている」とコントラバスの池松宏は豪語するが、クラシックの低音楽器はピッチカートなどのリズムだけでなくアルコ(弓引き)の持続音で響きも作り上げる。ティンパニの岡田全弘も、リズムよりも「響き」を作ることの大切さに言葉を尽くす。トロンボーンの池上亘は「響き」を作ることにおける「遊び」「ずれ」の役割を徹底的に語る。

リズムのキレとハーモニーの厚み、テクスチャーのようなものを両面で使い分けるヴィオラの鈴木学の話しは、クラシック音楽においてはとても重要な「内声」のことについて余すところなく語っている。ちょっと意外だったのはファゴット奏者・吉田將のバロック音楽への博覧強記ぶり。しきりに様々な楽曲の具体例を引いて、アンサンブルの妙味について語っている。バロック音楽こそグルーヴの宝庫であるように思えてくる。そういえばファゴットは管楽器のなかでももっとも古い歴史がある。

こういう演奏家の秘儀に触れるということだけでも、本書の魅力は存分にあると思う。

さて…

クラシック音楽に「グルーヴ」はあるのか?

あるとしたらそれはどのようなものなのか?という問いかけに対しては、ジャズ/クラシック兼業ピアニストの小曽根真が感覚的に実に見事に多くを語っている。杓子定規に思えるクラシック音楽だが、そうではないことは小曽根の次の言に集約される。

『…自分の台詞だけを覚えてる役者っていうのは碌な役者じゃない…。』
『いい役者っていうのは、ちゃんと物語を把握して、相手の台詞も全部わかってて…相手がどういう球を投げてくるかを聞いて、それに対して自分の台詞の言いかたも変えられるということ…それはすごく音楽と似てるし、特に台詞があるということに関しては、クラシックとすごく似てますよね』

全体を通して思い当たるのは、ジャズが主にリズムなのに対して、クラシック音楽は、より「響き」「ハーモニー」にグルーヴを見いだす音楽だということのようだ。




グルーヴ!_1.jpg

グルーヴ! : 「心地よい」演奏の秘密
編・聞き手:山田陽一

堀米ゆず子(ヴァイオリン)
鈴木 学(ヴィオラ:東京都交響楽団ソロ首席)
上野 真(ピアノ)
池松 宏(コントラバス:東京都交響楽団首席)
岡田全弘(ティンパニ:読売日本交響楽団首席)
池上 亘(トロンボーン:NHK交響楽団)
吉田 將(ファゴット:読売日本交響楽団首席)
矢部達哉(ヴァイオリン:東京都高級楽団ソロ・コンサートマスター)
下野竜也(指揮)
小曽根 真(ピアノ)

春秋社

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