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「長い物語のためのいくつかの短いお話」(ロジェ・グルニエ 著・宮下志朗 訳)読了 [読書]

訳者によるとロジェ・グルニエは、メジャーな作家ではないが、フランス現代作家のなかでも邦訳されている著書が多く、日本にもコアな読者が確実に存在するという作家だという。大戦中にレジスタンスに参加し、戦後、カミュの知己も得たという。本作は、2017年に物故した著者の最後の作品。

もし《老人文学》というジャンルがあるとしたら、これはまさにその金字塔と言うべき短編小説集なのかも知れない。

グルニエ自身が「記憶そのものがすでにして、一個の小説家といえる。…記憶を創作するということは、記憶に忠実であることよりも、作家にとっては役に立つ。」と言っている。「記憶」を創作の出発点として、これを作り替え、置き換えるようにして物語をふくらませていく。

老いるということは、記憶に埋もれることでもある。悔恨、失意、希望、憧憬、友情、夫婦愛…そうした置き去りにされてしまった感情のフィルターによって老人の記憶は作り替えられ、転倒され、欠損と付加が施され、色づけされていく。それはほろ苦く、ときには残酷にも思えるような結末に苛まれることでもある。記憶の変成による虚構は、真実以上に、老いの心情を映し出し苦い夢想へと沈めていく。

もともとグルニエは、エッセイも含めてその作品間には微妙な重なり合いが存在するという。ひとつの主題が、作品やジャンルをまたがって反復・変奏されていく。そういう「記憶」の連鎖や変容のなかを彷徨うのだと。

長い人生の終末である「老い」を主題とするやるせないショートショートは、老人にありがちな記憶の錯乱をそのままに創作に変えてしまう記憶の変奏曲であって、高齢者となった読み手にとっては、そのひとつひとつに身につまされ、切ない思いにさせられるに違いない。






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長い物語のためのいくつかの短いお話
ロジェ・グルニエ (著)
宮下志朗 (翻訳)
白水社
2023年4月10日新刊
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