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ブロードウッドが誘う時代の旅(川口成彦@紀尾井レジデント・シリーズ第2回) [コンサート]

川口成彦さんのフォルテピアノによる紀尾井レジデント・シリーズ第2回。

第1回は、1890年製のエラールでムソルグスキー「展覧会の絵」を弾いてみせて度肝を抜いた川口さん。

ピリオド楽器演奏というのは、作曲年代と同時期の楽器による演奏ということに意義があります。そう考えてみると、《展覧会の絵》が作曲されたのは1874年だから実のところエラールで弾くことは、まさに「ピリオド」ということであって何の不思議もありません。超絶技巧の大男がモダンピアノで大音響で弾く《展覧会の絵》というのは、ある意味では20世紀のヴィルトゥオーソへの熱狂が作った虚像。曲が秘めていたものをモダン楽器が引き出したという面もあるけれど、失ったものも少なくないかもしれないのです。

今回の川口さんは、そういう楽器の持つ、時代と地域を自在に飛翔してしまう自由や解放感ということで、またまた聴くものの度肝を抜いてしまいました。

今回使用されたのは、1800年頃に製作されたジョン・ブロードウッド・&サンのフォルテピアノ。

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19世紀初頭のブロードウッドといえば、まさにモーツァルトとかベートーヴェンの時代の楽器。

ピアノという楽器は、産業革命以降の社会が生んだ楽器で、中西欧の市民社会と密接な工業製品。木工家具を作る名匠たちの工芸技術と、巨大な鋳鉄フレームと高純度炭素鋼のワイヤーという最先端の工業技術のマリアージュ。それだけに、時代の変遷と技術の進化とともにどんどんと変貌していきます。

だから、とても自由。――『同時代』ということにさえこだわることがありません。

プログラムの前半は、イベリアの音楽。

川口さんは、スペインが大好きなのだそうです。古楽器を学ぶためにオランダに留学し、ショパン国際ピリオド楽器コンクールで第2位に入賞する前に、青少年のためのスペイン音楽ピアノコンクールで最優秀スペイン音楽グランプリを受賞、 ローマ・フォルテピアノ国際コンクールでも優勝しています。もともとはラテンが大好き。

最初はファリャ。20世紀初頭のパリで活躍したスペインの作曲家でドビュッシーとも親交を結んだ。ドビュッシーをプレイエルやエラールで弾くというのは何度か聴いたことがありますが、ブロードウッドというのは不思議。ところが聴いてみると、その軽やかさと響きの純度の高さがぴったり。

ファンダンゴは、イベリア発祥の舞曲。19世紀初頭にはヨーロッパ中で大流行。すぐにフラメンコを想起させる情熱的でリズムの高揚感あふれる舞曲。D.スカルラッティなどチェンバロで聴くといささか騒がしく聞こえてしまうのですが、ブロードウッド・ピアノで聴くと見事なまでに優雅で、それでいて南国の陽気なラテン気質がみなぎっていて聴き手の気持ちも華やぎます。それはそのまま、アルベニスの《タンゴ》に引き継がれるのです。

ここで《ラ・ムジカ・コッラーナ》のメンバーが登場。

古楽器の弦五部のアンサンブル。コントラバスではなくてヴィオローネを生で聴くのはたぶん初めて。ここからは、バロックから、古典派、ロマン派初期までには確かな存在だった、室内楽としてのピアノ協奏曲というものの再発見の旅。

前半のイベリアと後半のピアノ協奏曲との橋渡しになっているのが、ポルトガル人セイシャスとスペイン人パロミノの協奏曲。パロミノは、ポルトガル王室で活躍しますが、この協奏曲は晩年を過ごしたカナリヤ諸島のラス・パルマスで作曲されたのだとか。モーツァルトやバッハと同時代の二人の作曲家の協奏曲は、西欧名画で見るようなちょっとレースや重めのサテンなどの服装ではなくて、なぜか20世紀初頭の真っ白なスーツで軽やかに演奏しているようなリゾート感覚あふれる楽団が思い浮かんできます。

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後半は、再び川口さんのソロで開始ですが、最初はアメリカのフォークソングで有名な《朝日のあたる家》の変奏曲。ドイツの現代作曲家シュナイダーが書いたものですが、モーツァルト生誕250周年の記念に作曲されたのだとか。モーツァルトの様式とちょっと気鬱な雰囲気と原曲とが見事に調和するのは、やはりフォルテピアノの雰囲気の効果かもしれません。そのまま、ラヴェルの《亡き王女のためのパヴァーヌ》に引き継がれるという運びが鮮やか。ポツポツと切れがちな伴奏アルペッジョは、フォルテピアノならではのもので、管弦楽やモダンピアノからはなかなか引き出せなかった古雅な素朴感が見事。孤独な雰囲気のアリアは、前曲から引き継いだもので、まさにフレンチ・クォーターのけだるい叙情そのもの。

モーツァルトのピアノ協奏曲は、もちろんこの夜の主役。いや、主役というより基準となる模範演奏、プログラムの「おへそ」みたいなものでしょうか。弦楽四重奏でも演奏できるというこの曲こそ、作曲年代と同時期の楽器による演奏というピリオドそのものだからです。モダンだといささか粗野に響く冒頭の三度和音もとてもすがすがしいスタートに様変わり。三拍子主体の舞曲的なこの曲は、この室内楽的な演奏スタイル以外には考えられないと思えるほど。

このモーツァルトがあるからこそ、時代も地理も自在に飛翔するフォルテピアノという楽器の大らかなキャラクターが闊達に響いて心のなかに何の抵抗もなくすっと浸透してくるのです。

最後は、イギリスの新古典主義的なリーの《小協奏曲》でしめくくり。これは、イギリスらしいエスプリの効いた美しい音楽でした。

アンコールには、滝廉太郎まで登場。素敵な小旅行でした。



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紀尾井レジデント・シリーズ Ⅱ
川口成彦(フォルテピアノ)(第2回)
2023年7月7日(水) 19:00
東京・四ッ谷 紀尾井ホール
(1階6列8番)

川口成彦(フォルテピアノ)
使用楽器:ジョン・ブロードウッド・&サン(1800年頃 太田垣至 修復)

[共演]La Musica Collanaメンバー(ピリオド楽器による弦楽5名)
丸山韶(第1ヴァイオリン)
廣海史帆(第2ヴァイオリン
佐々木梨花(ヴィオラ)
島根朋史(チェロ)
諸岡典経(ヴィオローネ)

ファリャ:ドビュッシーの墓のための讃歌 G.57(1920)
マルティ:ファンダンゴと変奏 ニ短調(19世紀初期?)
アルベニス/ゴドフスキ編:タンゴ ニ長調 op.165-2[ソロ]
セイシャス:協奏曲イ長調(18世紀前半)
パロミノ:協奏曲ト長調(1785)

シュナイダー:ニューオーリンズのモーツァルト~『朝日のあたる家』による変奏曲(2006)
ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ[ソロ]
モーツァルト:ピアノ協奏曲第11番ヘ長調 K.413 (387a)[作曲者によるピアノと弦楽四重奏版](1783)
リー:小協奏曲(1934)


(アンコール)
グラナドス:12のスペイン舞曲より第5番「アンダルーサ」
瀧廉太郎:2つのピアノ小品よりメヌエット ロ短調
パロミロ:協奏曲 ト長調より第3楽章抜粋
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