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伝統をモダンへ (紀尾井ホール室内管・定期演奏会) [コンサート]

しばらくは興奮が収まらなかった。

頭がほてってしまって、その音楽についていったい何からどう書きとめたらよいのやら考えがまとまらなかったほど。トネッティは、以前から期待していたけれど、コロナ禍で来日が延期になってしまい、その思いが募るばかりだった。なにしろ、あのバッハ弾きのアンジェラ・ヒューイットが、コンチェルトの録音に指名したのがトネッティとオーストラリア室内管。バッハと新大陸の――しかも、南北の両半球にまたがる二つの大陸の――音楽家との結びつきの不思議さがあったから。

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プログラムからもそういう不思議な飛躍感が予見されていた。

前半・後半ともに二十世紀と古典派、200年を隔たりをもって作曲された曲をペアリングした二部形式。

しかも、いずれも(チェロを除いて)全員が立って演奏する。現代曲は、ヴァイオリンのソロを伴った弦楽だけの合奏。ハイドンとモーツァルトでは、管楽器群も全員が立奏。おそらくこれは楽団初めてのことではないか。現代曲は二十世紀型配置で、古典の二曲は両翼対向型。曲間でいちいち交代するが、譜面台を第二ヴァイオリンとヴィオラで交換するだけなので簡単といえば簡単だが、その狙いと効果は歴然。

トネッティは、弾き振り。ソロでは中央に立つが時おり弓を高く振って全体をリードする。武満だけはコンサートマスターを玉井菜採に任せているが、ソロはトネッティが兼ねる。そのことは古典派の二曲でも同じ。むしろ指揮振りの身振りはかえって大きい。

そういう不思議な態様と編成の効果は、絶大。一曲目から、その音楽的効果に唖然ともしたし、思わず腰が浮いてしまうほど高揚した。

「オラヴァ」というのは、ポーランドとスロヴァキアの国境にある地域名だとのことで、そのオラヴァ地方の民俗音楽を土台としているのだとか。同じ音型を執拗に繰り返し、変形していく。弦楽器のキレのよいリズムで変拍子の変則的なアクセントを繰り返されるとどんどんと高揚していく。この切り口での第一曲ですっかり客席が覚醒していしまっている。

後半の武満の「ノスタルジア」は、これとはむしろ対照的。映画監督のアンドレイ・タルコフスキーの追悼として作曲されたものだが、ほとんど拍節のない水の流れや霧が立ちこめるような世界。細分化された合奏とフラジオレットの倍音が立ち昇る水の世界。映画「ノスタルジア」は、ロシア人作曲家がイタリアを彷徨いながら亡命を決意していくというストーリー。ほとんど台詞はなく詩的な映像の連続だが、確かに泉水や流水など水の場面が多い。そういう彷徨の流れに幻影のように故郷のロシアの風景が茫洋と映し出される。――まさにそういう音楽。ここでのトネッティはヴァイオリン奏者としての実力を鮮烈なまでに発揮する。そのことにも少なからず驚きを覚える。

続けて演奏されたバッハも、救済と昇華の心情をとらえて胸を打つ。ここでの篠崎友美のヴィオラの伴奏アルペジオが素晴らしかった。

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この二十世紀音楽の持つ本質的なグルーヴが触発するハイドンとモーツァルトがこれまた清新にして溌剌。

ハイドンは、不思議とカラヤンの演奏を想起させる。奏法としてはカラヤン流のベルベットの上品で光沢のある流麗な質感とはまるで対照的なのに、細やかな意匠を織り込んだ豊穣な響きは共通しているからなのかもしれない。

何と言ってもジュピター交響曲が圧巻だった。ここでも細やかなフレージングに自発的かつ集合的なグルーヴ感覚があふれていて、そこにトネッティが仕掛けた巨大で息の長いクレッシェンドとアッチェランドが最後のフーガートで爆発的なクライマックスを作り上げる。沸き立つような生の賛歌は、劇的な大団円となって会場を一体化させるような高揚感があった。

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まずもって喝采は、紀尾井ホール室内管の誇る弦楽器パートに送られるべきだろうが、管楽器群のみずみずしい若い感覚が印象的。ここにも明らかに立奏の効果がある。小さな身体を大きく動かすファゴットの福士マリ子の内声のしなやかなグルーヴは秀逸だったし、亀井良信、芳賀史徳がそろって古楽器風の黄楊(つげ)材の楽器を使用していて木管群の響きの直進性を高めていて若々しさを誇示していた。そして何と言っても賞賛したいのは、リズムセクション。佐藤玲伊奈、古田俊博のトランペットは光輝そのものでピッチも伸びやかで正確。久一忠之のティンパニは思い切りがよくて常にオーケストラのグルーヴの中心にいた。

トネッティには、もう一度と言わず何度でもここに戻ってきてほしい。





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紀尾井ホール室内管弦楽団
第1355回定期演奏会
2023年7月15日(土)14:00
東京・四ッ谷 紀尾井ホール
(2階C席2列13番)

指揮・ヴァイオリン:リチャード・トネッティ
コンサートマスター:玉井菜採
紀尾井ホール室内管弦楽団

キラル:オラヴァ
ハイドン:交響曲第104番ニ長調 Hob.I:104《ロンドン》


武満徹:ノスタルジア~アンドレイ・タルコフスキーの追憶に
+バッハ・コラール前奏曲《われ汝に呼ばわる、主イエス・キリストよ》BWV639
モーツァルト: 交響曲第41番ハ長調 K.551《ジュピター》
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