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「六本指のゴルトベルク」(青柳いづみこ著)読了 [読書]

標題は、映画「羊たちの沈黙」に登場する悪の天才、食人鬼でもあるハンニバル・レクター博士のこと。博士は左手の指が六本あった。シリーズ「ハンニバル」の冒頭シーンではグレン・グールドの弾く81年盤が流れる。

本書は、古今東西のミステリーや純文学に登場する「音楽」や「音楽家」にまつわるエピソードを紹介するエッセイ集。岩波書店の広報誌『図書』に連載されたもので、これらの文学作品を音楽とのかかわりを主軸に読み解こうというもの。お堅い岩波書店が、ミステリー小説を取り上げるという企画も面白いし、もっぱらクラシックがご専門の青柳がジャズを取り上げるのも珍しい。編集担当がジャズ・ファンということだったからと、あと書きで明かしている。

雑誌連載のエッセイの短文だけに、凝縮されたリズミカルな展開と筆致が冴える。著者の身近な体験や日頃の感懐を紹介する枕の導入は、さながら前奏曲かソナタの導入部のようで、文章全体はソナタ形式のような音楽的構成を成している。入念な導入や序奏から、本題の書籍紹介に入る主題提示。時には副主題、第二主題とコントラストをつけて巧妙に対位法的に絡ませ、いよいよ展開部に突入、軽妙なコーダで文を閉じる…といった案配。ネタバレすれすれなほどに紹介が詳細な場合は、前奏が短く、それは時に自由な幻想曲にもなる。

「出会いの瞬間」をテーマにした『29.あの瞬間が』では、『ジャン・クリストフ』が紹介されている。すでに『27.長い長い物語』で頭出しだけされていたこのベートーヴェンをモデルにしたロマン・ローランの小説は大長編。私は、乱読にふけった高校時代に読み飛ばしただけで、内容の記憶ははるかかなた。ところが、読んだ瞬間に、停車した駅で列車の窓越しにすれ違うクリストフとアントアネットという一瞬のシーンが鮮明によみがえってきたことには驚いた。

…著者の文章力のたまものなのだろう。ちなみに本書は第25回講談社エッセイ賞を受賞している。

内容のいちいちに触れるのは、それこそネタバレだろう。目次とそこで紹介された小説を文末に掲げておく。

ミステリー好きなクラシック音楽ファンに、オススメです。


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「六本指のゴルトベルク」
青柳いづみこ 著  岩波書店

1.打鍵のエクスタシー:ハリス『羊たちの沈黙』ほか(レクター博士三部作)
2.白と黒の迷路:バーディン『悪魔に食われろ青尾蝿』
3.完璧な演奏:永井するみ『大いなる聴衆』
4.数字マニア:中山可穂『ケッヘル』
5.イメージトレーニング:ローザン『ピアノ・ソナタ』
6.マジック・リアリズム:カーター『血染めの部屋』
7.コンサートの魔:エシュノーズ『ピアノ・ソロ』
8.強迫性障害:イェリネク『ピアニスト』
9.耳の不思議:小川洋子『余白の愛』
10.音楽の力:バチェット『ベルカント』
11.ジャズとスーパー大回転:ゴズリング『負け犬のブルース』
13.インプロヴィゼーション:奥泉光『鳥類学者のファンタジア』
14.バッハのアナグラム:山之口洋『オルガニスト』
15.かすかな違和感:澤木喬『いざ問はむ都鳥』
16.ヴァイオリンの魔:篠田節子『マエストロ』
17.やっぱりやめられない:ガイイ『ある夜、クラブで』
18.現代音楽はお嫌い?:ガイイ『さいごの恋』
19.カストラート事情(前編):ロス『マルヴェツィ館の殺人』
20.カストラート事情(後編):皆川博子『死の泉』
21.音楽のもたらすもの:エルロイ『レクイエム』
22.つれなき美女:島田雅彦『ドンナ・アンナ』
23.音楽は悪人?:ガードナー『マエストロ』
24.天安門事件とフランス大革命:スカルペッタ『サト・ゴヤ・モーツァルト』
25.告別のバッハ:安達千夏『モルヒネ』
26.コインの表と裏:ジッド『田園交響楽』
27.長い長い物語:村上春樹『風の歌を聴け』『海辺のカフカ』ほか
28.音楽の快楽:バルザック『従兄ポンス』
29.あの瞬間が:ロラン『ジャン・クリストフ』
30.シャープとフラット:マキーヌ『ある人生の音楽』

 あとがき

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